地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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21:38:56
 前々回、そして前回のエントリーで、私が勤務する大学の学生を対象に行った有料動画配信サービスに関する調査結果を紹介してきた。大多数の学生がサービスに契約しておらず、下の図2にあるとおり、その理由は様々であるが、今回は未契約の理由として同数6位(31人)である「よくわからない」と「興味がない」、7位(19人)の「見たいコンテンツがない」に関連して思うところを記す。

図2

 ある有料動画配信サービスがあるとして、詳細はともかく、少なくとも認知されていることが、ユーザーに選ばれる上での必要条件であることは言うまでもない。206人の学生にNetflix、Hulu、Amazonプライムビデオ、dTV、U-Nextをそれぞれ知っているか尋ねたところ、最も知られていたのはHuluで147人(71.4%)が「知っている」と答え、次いでdTV(130人、63.1%)だった(図8参照)。なぜそれらを知っているのかは問うていないが、HuluはTV CMなどの広告、dTVはNTTドコモとの連動で見聞きする機会が多いことが影響しているのかもしれない。

図8

 一方、HuluやdTVに比べるとNetflixは知られておらず、56人(27.1%)どまりだった。Netflixが日本への上陸を発表してから1年あまり、そして、実際にサービスを開始してから7ヵ月が経った。その間、Netflixは常に有料動画配信サービスの話題の中心だった感があるが、実は「黒船襲来」と大騒ぎし、その動向に目を光らせてきたのはメディア関係者、それにイノベーターやアーリーアダプターと分類される先駆的な消費者がほとんどで、それ以外の人々は依然としてキャズムの向こう側にいるどころか、Netflixを知りもしないのではないかという気もしてくる。
 それにしても、前々回のエントリーで見たように、経済的・時間的制約の中でNetflixと契約している大学生が多くないことは予想できたものの、知名度の低さは意外な感じがした。Netflixは彼・彼女らの情報アンテナには引っかからないということだろうか。いずれにせよ、このままでは彼・彼女らが有料動画配信サービスの契約を検討する時が来ても、Netflixというブランドは想起されないため選択肢にならず、HuluやdTVと比較・検討されることすらない可能性もある。
 続いて206人の学生にNetflix、Hulu、Amazonプライムビデオ、dTV、U-Nextの中で関心があるものを複数回答可で尋ねた。最も関心が高かったのは、Huluの72人(35%)で、以下にdTV(28人、13.6%)、Netflix(22人、10.7%)、Amazonプライムビデオ(21人、10.2%)と続いた(図9参照)。認知している学生の数同様、関心がある学生の数でもHuluが他を凌駕しており、知っている学生たちの間での関心度(関心者数/認知者数)も49%と高い。一方、dTVは関心度が21.5%で、比較的知られている割には関心を持たれていない印象を受けた。

図9

 Netflixは先述の通り、あまり認知されていないものの、認知している学生に関心を持たれている割合(39.3%)はHuluに次いで高かった。より多くの学生に知られるようになれば関心度もさらに上がるのか、あるいは、関心を持ちそうな学生の多くには既に一通り知られているので関心度の伸びは期待できないのかは興味深いが、現在のNetflixのコンテンツを考えると、後者の可能性も否定できないと思う。
 Netflixは多様なコンテンツを揃えてはいるが、なんといっても白眉はオリジナルコンテンツだろう。その代表格である”House of Cards”や”Orange is the New Black”には私もハマったが、同時に、それらの作品はアメリカの社会なり文化なりにある程度通じていないと、その価値を十分に享受できないようにも思えた。文化的割引(Cultural Discount)が作用するのである。Netflixは積極的にグローバル展開を進めているが、オリジナルコンテンツに関してはアメリカ国内で受けることを最優先に作られているような印象を受ける。逆に、世界中で受けることを狙って作ったら、あれほど濃い内容のものは作れないだろう。私見ではあるが、それゆえに、海外市場重視で普遍性追求と引き換えにアメリカ人のツボを忘れつつあるハリウッドの大作映画や、放送コードでがんじがらめのテレビシリーズに不満を感じていた人々に熱烈に支持されたという面は確かにあると思われる。
 一方、今回の調査に参加した学生のコンテンツ嗜好を知るため、好きなテレビ番組のジャンルを尋ねると、人気が高かった順にアニメ(73人)、バラエティ番組(57人)、音楽番組(45人)となった(図10参照)。多くの学生にとってはアニメと言ってもオタク受けする深夜アニメ、音楽と言っても聴くのはJ-POPばかりというように、(日本の)という但し書きが付くと考えていいだろうし、お笑い芸人によるトーク中心のバラエティ番組に至ってはドメスティック・コンテンツの極みである。

図10

 「今の若者は内向き志向で、海外に興味がない」という紋切り型の批判には全く与するつもりはないが、日々大学生と接していて、ことコンテンツ消費に関しては日本のモノばかりを好んでいるように感じられるのは事実だ(まあ、それだけ日本のコンテンツが彼・彼女らに訴求するようにうまく作られていることの証左だとも思うが)。日本のアニメやお笑い好きの大学生はNetflixのオリジナルコンテンツに魅力を感じるだろうか。あまり親和性は高くなさそうというのが私の見立てだが、あくまで憶測の域を出ないので、一度試写でもやって感想を聞いてみたい。
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21:30:04
 前回のエントリーで、私が勤務する大学の学生を対象に行った有料動画配信サービスに関する調査の結果を紹介した。206人中188人が契約していないことがわかったが、未契約の理由は多岐にわたっていた(図2参照)。前回に引き続き、今回は理由の5位となっていた「レンタルビデオで十分」(37人)を考えてみたい。

図2

 有料動画配信サービスはアメリカではケーブルテレビなどの有料テレビ離れを引き起こし、日本ではテレビ離れの誘因となりうる可能性が指摘されるが、より代替的な関係にあるのはレンタルビデオサービスであると考えられる。例えば、元々NetflixはレンタルDVD業者で宅配を売りにしていたが、2007年にネット配信を始めた。それ以降、契約者数は急増し、結果的に街のレンタルビデオ業は打撃を受け、一時は全米の至る所で店舗を見かけた最大手のBlockbusterは2010年に倒産に追い込まれている。2013年から14年にかけて住んでいたニューヨークではレンタルビデオ店を見かけた記憶はなく、スーパーマーケットの一角にDVDレンタル機のようなものがあったことを覚えている。
 私は有料動画配信サービスの話をする時、レンタルビデオ業を引き合いに出すことが多いのだが、両者を比較した場合、前者の優位点はいくつも述べられるのに対して、後者の優位点はなかなか思いつかない。せいぜい「パッケージを手に取れる」とか「店の雰囲気が好き」、「店員と話せる」くらいだろうか。いずれにせよ、前時代的なサービスと言う印象は拭えない。
 ところが、上記のような「レンタルビデオで十分」という意見にも見られるように、私が日々接している大学生にはレンタルビデオユーザーが多い。実際に今回の調査への回答者206人中153人(74.3%)がレンタルビデオの会員であり、有料動画配信サービス契約者(206人中18人、8.7%)とは比較にならないくらい多いことがわかる。有料動画配信の契約に「カネも時間もないし…」といった態度をとる一方で、レンタルビデオの会員ではあるというのはなかなか不思議ではある。下の図6にある通り、レンタルビデオ会員の利用頻度は数か月に1回が63人(41.2%)、月に1~数回が56人(36.6%)で大部分を占め、多くはそれほどヘビーユーザーというわけではなさそうではあるが、レンタルビデオは大学生にそこそこ浸透していると言えるだろう。

図6

 果たして彼・彼女たちはレンタルビデオに対して不満はないのだろうか。不満として考えられそうな選択肢から最大2つまで選ばせたところ、圧倒的に多かったのは「店へ行くのが面倒」で126人、次いで「借りている期間内に見なければならない」(82人)、「家から遠い」(53人)、「貸し出し中であることが多い」(31人)と続いた(図7参照)。言うまでもなく、家に居ながらにして楽しめ、自分のペースで視聴できる有料動画配信であれば、それらの不満は全て解消される。こういった点を私が講義などで指摘すると、少なくない学生が「言われてみればそうだ」といったような感想を述べる。有料動画配信サービスのレンタルビデオに対する優位点が彼・彼女らにほとんど伝わっていないということである。

図7

 意外だったのは、レンタルビデオに対する不満として「料金が高い」を挙げたのは22人だったことである。実際に私の勤務する大学の近所のレンタルビデオ店の料金体系を見てみると、新作が2泊で200円、旧作が7泊で180円となっている。都度課金なので利用頻度によってはそれなりの出費にもなりそうであるし、返却が遅れれば延滞金も発生するわけだが、多くの学生には必ずしも高いとは思われていない。有料動画配信サービスの未契約理由として「カネがない」を挙げた学生が180人中78人いたことを併せ考えると、彼・彼女たちの価値観や金銭感覚がよくわからなくなるが、レンタルビデオの利用に対して慣性が作用し、スイッチを阻害しているのかもしれない。
 大学生という潜在市場を開拓するためには、多くに利用されているレンタルビデオから有料動画配信サービスへのスイッチを促すことは重要だと思うが、相対的な利便性の高さやコストパフォーマンスの高さを強調するプロモーションはあまり行われていないか、行われていても、ターゲットにきちんとリーチしていない可能性がある。
 次回のエントリーでは、契約しない理由6位の「よくわからない」、「興味がない」を考察してみたい。

21:32:18
 4月初頭といえば、進学や就職などで新しい生活を始める若者が多い時期である。同時に、「大学生(社会人)になったんだから…」と新たに何かを始める人も多く、各種サービスの契約件数に大きな変動が出やすい時期でもある。昨年秋、NetflixやAmazonプライムビデオなど、海外の主要な有料動画配信サービスの日本進出が相次ぎ、また、民放各局もコンテンツ配信に積極的な姿勢を見せ始めている中で、有料動画配信サービスの契約件数も増加が期待されるのではないだろうか。
 ネットでの動画視聴に関しては、昨年の電通総研の「動画視聴に関するWEB調査」やNHK放送文化研究所の「日本人とテレビ2015」の結果から、特に若年層に完全に定着していることは明らかだ。一方、有料の動画視聴となると、昨年秋のニールセンの調査では無料のものに利用者数で大きく水をあけられていた。アメリカでは、それまでのテレビ視聴の基本だったケーブルテレビ契約経験がない若者(いわゆるcord nevers)が、同じカネを払うならリーズナブルなNetflixなどの動画配信サービスを選んだと言われるが、それとはメディア環境が異なる日本の若者のどれくらいが有料動画配信サービスに関心を持ち、また、実際に契約しているのかはよくわからない。Youtubeやニコ動を延々と見ているような若者に果たしてNetflixやHuluは魅力的なサービスとして映っているのだろうか。
 一方で、アメリカであれ日本であれ、有料動画配信サービスにとって最も取り込まなければいけない層が当然、若年層であることは間違いない。テレビとともに育ってきた中高年が今でも比較的よくテレビを見ているように、メディア利用はコーホート効果の影響を受けやすい。有料動画配信サービスの契約の伸びが期待できそうなこの時期に、デジタルネイティブで、今後もネットでの動画視聴に愛着を持ち続ける可能性が高い若年層を取り込めていないとすれば問題である。
 実際のところ、重要な潜在市場である大学生たちの有料動画配信サービスに対する態度はどのようなものだろうか。以下では私が勤務する大学の学生を対象に行った調査結果を参考にしつつ、考えてみたい。回答者の属性は、関西の中規模私大でメディア系の講義を受講していた2年生以上のうちの希望者で、質問票の回収は206(男116、女90)だった。回答した学生にはインセンティブとして成績評価への加点を行っている。地方大学でメディア関連の講義を受けている学生が回答者であり、便宜的なサンプルから得られたデータなので、日本の大学生に一般化するのは困難である点は留意したい。
 まず、代表的な有料動画配信サービスとして選んだNetflix、Hulu、Amazonプライムビデオ、dTV、U-Nextのうちのどれかと実際に契約しているか尋ねた。下の図1にあるように契約者は少なく、206人中18人(8.7%)に過ぎなかったが、2つのサービスと契約している学生が2人いた(2人ともAmazonプライムビデオとdTVの併用)。

図1

 次に、未契約者188人を対象に、契約しない理由として考えられる選択肢の中から最大3つまで選ばせたところ、図2にあるように、圧倒的に多かったのは「無料動画サービスで十分」(122人)というものだった。「動画は無料で楽しめているから、別にカネ払ってまでは見たくない」というのは、Youtubeやニコ動慣れした日本の若者らしい。多くの大学生にとって「コンテンツ視聴は無料で楽しむモノ」というのが基本になっているようでもある。また、無料動画サイトには違法にアップロードされた動画が存在することは多くが知っているだろうが、「違法だから視聴をやめよう」という人は少ないだろうし、いわんや「カネを払ってでも違法じゃないコンテンツを見よう」などという殊勝な人はもっと少ないだろう。

図2

 次点は「カネがない」(78人)という、ある意味で大学生らしい理由だった。契約者も含めて、「月にいくらくらいなら動画配信サービスに払ってもよいか」尋ねたところ、下の図3にあるように、多かったのは「500円程度」(63人)や「1,000円程度」(39人)だった。実際にはdTVは月額500円だし、Amazonプライムビデオは年会費3,900円だから均等割りすれば月325円で、彼・彼女らの支払い希望額内に収まる。現実に動画配信サービスがいくらで提供されているのか知られていないように感じられたが、それは調べればすぐにわかる。結局は相場価格、さらにはサービスに対する関心の低さの現れとも考えられる。先に見たように、サービスに契約しない理由として「カネがない」を挙げるものは多かった。月に100円から300円くらいであれば、多くの大学生が躊躇いなく払える額だとは思うが、仮にそれくらいの額で提供されるサービスがあったとしても、そもそもサービス自体に関心がないのであれば、契約には結びつかないだろう。そう考えると、大学生にとって動画配信サービスは廉価だからという理由で契約するというものではないのかもしれない。

図3

 図2に戻って、契約しない理由の3位は「テレビ放送で十分」(50)、4位は「契約しても見る時間がない」(43)だった。若者のテレビ離れが指摘されて久しいが、「テレビ視聴時間」と「テレビ視聴の好意度」を尋ねてみると、学校やバイト、遊びなどに忙しい中で164人(80%)が1日1~3時間はテレビを見ており、156人(75.7%)がテレビ視聴に「すごく好き」、「好き」と好意的だった(図4・5参照)。メディア利用とは突き詰めて言えばカネと時間の消費であり、そこから得られそうな効用を加味して決められることが多い。今回の調査対象である大学生の多くは無料でそれなりに楽しめ、時間潰しにもなるテレビ視聴にはある程度満足しており、それに無料動画の視聴を合わせればもう腹いっぱいで、それ以上は「見る時間もないしカネの無駄かな…」という考えに至るのかもしれない。

図4

図5

 契約しない理由の5位以降も興味深いが、長くなるので次回のエントリーで考察する。

13:17:43
 元・ももいろクローバーZの早見あかりが自分とグループの関係について語っている(「脱退から4年、早見あかりが語るももクロとの関係性」)。彼女は「卒業」ではなく、「脱退」という言葉に固執したと伝えられるが、女性アイドルグループからの離脱を「卒業」と呼ぶことが定着して久しい中、「脱退」という言葉が使われていることが新鮮に思えた。
 辞書によれば「卒業」は、
    1.学校の全教科または学科の課程を修了すること、
    2.ある状態・段階を通過すること、
    3.1つの事業を完了すること、とある。
アイドルグループから抜けるという行為は学校における修了とは違うし、また、必ずしも何かを達成したわけでなく、中途半端な状態で抜けることもあり、厳密にはこれら3つの意味のどれにも該当しないこともある。一方、「脱退」は「所属していた団体・会などから抜け出ること」である。どういう経緯があるにせよ、一般にグループから抜け出るという行為は、「脱退」という言葉で表せば事足りると思うが、女性アイドルグループの場合はなぜ「卒業」と呼ぶのか、以前から気になっていたので少し考えてみた。
 女性アイドルグループからメンバーが脱退することを「卒業」と呼んだのは何が始まりだったかはハッキリとわからないが、おニャン子クラブではないかと推測する。おニャン子クラブが世に出た1985年から1年ほど、彼女たちと同世代の僕はフジテレビ『夕焼けニャンニャン』をリアルタイムでよく見ていたのだが、初期メンバーの河合その子や中島美春がグループを抜ける時に「おニャン子から卒業」と呼んでいたように記憶している。そもそも素人の女子高生を多く含んだおニャン子クラブは女子高生たちの放課後のクラブ活動のような雰囲気が最大の売りだったわけで、その意味では、そこからの脱退を「卒業」と比喩的に呼ぶことは、グループのコンセプトにも合っていたのだろう。特に中島美春の場合は、自身が高校卒業とともにグループを辞めた時にメインボーカルを務めたおニャン子のシングルが『じゃあね』という曲だったこともあり、「卒業」でも違和感なく受け止められたのかもしれない。
 おニャン子以降、大きなムーブメントになるような女性アイドルグループはなかなか出現しなかったが、20世紀の最後にモーニング娘が出てくる。モーニング娘は1997年の結成以降、メンバーの脱退・増員を繰り返し、現在に至っているが、初期にグループを抜けた数人に対しては「脱退」を使っていた。彼女たちを世に出したテレビ東京『ASAYAN』は毎週彼女たちの動きを詳細にリポートしていており、レコーディングの好不調とかメンバー間の諍いなどがドキュメントとして伝えられていたが、恐らく視聴者にとって最も衝撃が大きいニュースはメンバーの脱退で、誰かが急に辞めるかもしれないというドキドキ感が番組ではうまく仕掛けられていた。この場合、「脱退」という言葉の重さが演出的には効果がありそうだ。
 しかし、モーニング娘からの「脱退」は徐々に「卒業」という言葉に置き換えられていくようになる。モーニング娘というグループが大きくなるにつれ、そこからの離脱は、何が起こるかわからない波乱のドラマの一幕としてよりも、一緒に頑張ってきた仲間たちに送られて旅立っていく儀式のように捉えられるようになったことの表れとも考えられる。Wikipediaによれば、「(1999年の)福田から(2000年の)市井までは脱退と公式に発表されてきたが、負のイメージを連想させない前向きな意味合いとして卒業という言い方を(2001年の)中澤の離脱時から使用するようになった」とのことである。僕と同世代のプロデューサー・つんくの頭の中に「おニャン子クラブにおける卒業」がイメージとして存在していたのかは定かではないが、いずれにせよモーニング娘はある時期から、グループを離れることをイメージ戦略上、意図的に「卒業」と呼ぶようになり、何かしら問題を起こして辞めるか、辞めさせられるような場合を除いて、「脱退」という言葉は使わないようになったようだ。先のWikipediaには、「メンバー本人の都合または所属事務所との協議での了承を得た脱退(円満退社)は卒業、一方でメンバーの不祥事(スキャンダル)および何らかのトラブルから、所属事務所に損害または不利益を被らせた場合に責任をとる意味での脱退(解雇)は脱退という表現を使用していると解釈できる」とある。
 この解釈は一見明快で、モーニング娘以降出現した他の女性アイドルグループにも適用可能なようにも思われるが、実はそれほど単純でもない。2012年に男性タレントとの熱愛が発覚した責任を取ってAKB48を離れた増田有華の場合、本人はブログで「AKB48を辞退することになった」と玉虫色に記しているが、先ほどのモーニング娘の「卒業or脱退」の解釈に基づけば、スキャンダル絡みでAKB48に損害または不利益を被せた責任を取ったとも考えられるので、実質的には「脱退」とも考えられる。ところが、「増田有華」と「卒業」あるいは「脱退」というキーワードで検索してみると、卒業が60万7千件に対して脱退は15万2千件に過ぎない。彼女の最後のステージを伝えるORICONでは記事にこそ「脱退を発表した」とあるが、写真のキャプションは「AKB48を卒業する増田有華」とある。つまり、本人の意識やその実態はともかく、ファンやメディアの多くが彼女はAKBを「卒業した」と捉えていると考えられる。
 女性グループからのメンバーの離脱は今や、本当に余程のこと(例えば、反社会的行為を犯したとか、本人の意に反して強制解雇されたとか)が周知のこととならない限り、「辞めたいという本人の固い意思を尊重して」とか「所属事務所との協議の結果、両者納得して」と公表さえすれば、全て卒業扱いが可能な様相である。逆に考えれば、不祥事やトラブル絡みで事務所に迷惑をかけたわけでもなく、本人の願いで辞めたのに「脱退」という言葉を使う元・ももクロの早見あかりは奇特な存在に思えるし、そして敢えてそれを認めたももクロと所属事務所もある意味寛大だ。
 女性アイドルグループの場合、「脱退」が辞める本人のみならず、残されたグループのイメージにも負に作用しうると推測され、「卒業」という美麗字句を用いたいという心理はわからなくもないが、それでは男性アイドルグループはどうだろうか。元・SMAPの森且行や元・KAT-TUNの赤西仁はどちらも「脱退」が一般的である。彼らの場合、グループからの離脱が円満な形ではなかったというような話は耳にしたが、当事者ではないので真相はわからない。ただし、本人も残されたグループも事務所も、離脱に際してそこにあったかもしれない生々しい現実を「卒業」という巧みに飾った言葉でオブラートに包むようなことはしなかった事実は興味深い。
 言葉の用法が時代とともに変化するのは当然だし、「卒業」もその範疇に入るとも考えられるが、社会環境が変わったというような理由ではなく、あくまで作為的に変えられた点には注意する必要がある。特に「卒業」はイメージ重視のメディアの世界では重宝がられる。先日、テリー伊藤がコメンテーターを務めた情報番組『スッキリ!!』を降板すると発表されたが、これも「卒業」である(「テリー伊藤、『スッキリ!!』を3月に卒業」)。この場合、本人が「そろそろ卒業したい」と言い出したというよりは、辞意を受けて、番組側が「卒業」という言葉を公式発表に使ったのかもしれないが、こういった用法がメディア主導で広められ続けた結果、今や「卒業」は「何かを辞める時の使い勝手のいい言葉」になりつつある。例えば、「バイトを卒業する」とか「会社を卒業する」といった類だ。近年、日本は若者のみならず、中高年まで耳触りの良い、前向きで優しい言葉を多用するようになり、「ボエム化」が進んでいると指摘される。「誰かを支える」が「誰かに寄り添う」になり、「励まされる」が「勇気をもらう」なる。「卒業」の意味拡大もその一例なのかもしれない。

20:00:05
 錦織圭選手がUSオープン決勝に進出するってことで、日本中が急に熱くなりはじめている。日本時間の明日9日早朝には決勝戦だが、ここにきて問題となっているのは中継するのが有料放送WOWOWってことである。最近完全におかしくなっている朝日新聞(実はWOWOWの第7位株主で1.9%所有)なんかは「錦織圭の全米決勝、どうやって見る? 9日午前6時開始」なる記事で、完全にWOWOW契約の宣伝してしまっている。ちなみに朝日の別の記事「錦織効果、WOWOW申し込み殺到」によれば、WOWOWの加入者数は今年8月に約4万3千件が新規加入し、約264万らしい。ただ「錦織景気」でさらに増えるのは必至で、年度末時点でのピーク(01年度末の約266万)を超えそうな勢いだとか。でも仮にWOWOW契約世帯が260万としても、日本の全世帯の20分の1くらい、つまり20世帯に1世帯しか中継を見られないことになる。
 一方、民放が放送しないことに対する不満の声は高いようで、特にNHKには「何にために受信料払ってるんだ!」という声が届いているようだ(「なんのために受信料払ってんだ!」テニス錦織圭、歴史的快挙の裏で、なぜかNHKがとばっちり!)。「なぜ地上波で放送しないのか」などという人は、心情的にはわからなくもないが、やっぱり「見たいものは全て地上波が放送してくれる」といった前時代的感覚が抜けていない気がする。明日の錦織の試合を見たければWOWOWと契約すればいいだけの話だ。ましてや公共性云々を持ち出すのは、相当な勘違いである。日本人選手が世界的なスポーツ大会の決勝に登場するのは、それはそれは凄いことだが、別に日本に住むできるだけ多くの人が見るべきもの・知るべきものでもなく、あくまで見たい人が見ればいい。
 アメリカの有料放送産業を長年研究観察してきた身としては、今回のようなことをきっかけに「見たい番組のためにはカネ払おう」って意識が日本にも広まればいいと思う。上記のように、今回の中継でWOWOWは契約者数が伸びているようだが、アメリカでは有料放送がキラーコンテンツを奇貨として契約者数を伸ばすことは普通にある。例えば最近の例だと、映像配信サービスではあるが、NETFLIXも契約者を大きく増やすきっかけとなったのはオリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード』だった。一方、ここにきてテニスの世界大会中継は突然WOWOWのキラーコンテンツ(目玉番組)になったわけだが、実はWOWOWは1990年代初頭から全豪、全仏、全米、2008年からは全英も放映してきたという経緯がある。WOWOWとしても、こんな日が来ると思って中継を続けてきたかどうかは定かではないが、少なくとも、NHKにも民放にも今回のような日本人選手の活躍がなければ話題にもならないようなコンテンツに投資する気はなかったと思う。そして、今回のように突如脚光を浴びるコンテンツの放送に地上波放送が今後どこまで対応できるかは心もとない。なぜならば、地上波放送はこれまで以上に確実に視聴率が取れそうなもの、つまり即効性がありそうなものにしか触手を伸ばさなくなってきているように見えるし、その意味では地味なコンテンツを育てる余裕はなさそうだし、その一方で、視聴者の嗜好細分化の中で確実に視聴率が取れそうな番組なんてますます見つけ出すのが困難になってきているからである。とは言っても、地上波放送には「人気が出てきたからカネにモノ言わせて横取りする」っていう伝家の宝刀があるし、現実問題として放映権ビジネスはやはり資金力で決まる部分が大きい。いまだに圧倒的な資金力を持つ地上波放送に、有料放送がコンテンツ獲得で拮抗する日は、やはり日本では遠いのだろうか。

プロフィール

大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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