地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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22:42:25
 『テレビに挑戦した男 牛山純一』というドキュメンタリー映画を見た。牛山さんは日本のテレビドキュメンタリーの草分けともいえる人物で、僕にとってはかつて勤務していた会社の大大先輩ということになる。しかも一時期僕はドキュメント班に所属していて、その時の上司はかつて牛山さんの下で『すばらしき世界旅行』を作っていた人だったこともあり、牛山さんの伝説的な話をよく聞いた。また、時間があると映像ライブラリーに行って牛山さんプロデュースの名作ドキュメンタリーを見たりもしていた。大島渚監督の『忘れられた皇軍』、市岡康子監督の『多知さん一家』…もちろん『ヴェトナム海兵大隊戦記』も見た。今思えば、本当に恵まれた環境にいた。
 今回のドキュメンタリー映画で印象に残っているのは、牛山さんが部下のディレクターたちに言っていたという「署名入りの作品を作れ」という言葉だ。ディレクターが自分の感覚と才能を信じて番組を作る。成功すれば自分の手柄だが、失敗すれば自分のせい…テレビ番組は本来そんな風に作られていたはずだ。それはドキュメンタリーやドラマだけではなく、バラエティ番組もそうで、ディレクターは自分の担当回は自分1人で全部撮ることが当たり前だったと聞いた。特殊能力を持っている人間にしかできない芸当であるが、このようにして作られた番組には映像表現作家としてのディレクターの意志が反映される。番組は出演者のものではなく、ディレクターのものだった。
 翻って今日のテレビ番組の最後に流れるスタッフロールを見ていると、ディレクターの多さに驚く。ゴールデンタイムならば、ディレクターがいて、演出がいて、総合演出までいる番組もある。本来、特殊能力が必須であるはずのディレクターだが、別に免許や資格などが必要なわけではないので、誰でも肩書として名乗ることはできる。もちろん昔と比べれば、今日の番組制作はより複雑だろうし、同時に複数の対象を追うこともあるので、ディレクターが1人で番組を作ることが物理的に難しいことは理解できる。一方で、大勢で作った番組に、1人のディレクターの感性や想いや志やこだわりが反映されることは稀であり、結果的に没個性的な番組が量産されることになる。良い悪いではなく、今日のテレビ番組の多くはそんなものだ。
 牛山さんのドキュメンタリーでも、そして以前に見た元TBSの村木良彦さんや萩元晴彦さんのドキュメンタリー(『あの時だったかもしれない~テレビにとって「私」とは何か』)でも感じたのは、テレビ創世記に一体それがどんなメディアなのかわからない中で、制作者たちは手探りでテレビ的表現を模索したという点である。今日よくある「テレビ的にはこんな感じでOKでしょ」が全くない時代、テレビで何ができるのかを真剣に考えるのは、大変だったろうが、非常に創造的で刺激的だったのではないか。翻って今日のテレビ界には「出尽くした感」が漂っているわけだが、実は新しく台頭してきたメディアとの連携でテレビが試すべきことは多い。もし今日、牛山さんがご存命ならば、面白がって何か新しいことに取り組まれるような気がする。少なくとも、新しいメディアの台頭を「テレビにとっての脅威」ではなく、「テレビにとっての機会」と捉えるのではないだろうか。
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プロフィール

大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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