地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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22:08:12
 韓国・李大統領の竹島上陸や天皇陛下を侮辱する発言を受け、日本では一部の国会議員から竹島などを巡った反日の言動をとった俳優の入国拒否や、さらには韓国ドラマやK-POP自体を日本市場から排除すべきといった声が上がっている(「韓流タレント入国禁止案も」「自民関係者 韓流もK-POPも禁止」)。まあ、現実にはこういうことは起こらないとは思うが、特定国のコンテンツを規制するのは、思想や表現の自由が認められている民主主義社会らしくない。実際に日本は国交がない北朝鮮のコンテンツだって規制していない。大体、韓国コンテンツに対する規制をやってしまったら、いまだに一部の日本のコンテンツを実質的に市場から締め出している韓国と「同じ穴のムジナ」になってしまう。別に韓国に対して太っ腹なところを見せる必要はないと思うが、報復措置はあまりに不毛だし、品もない。
 ただし、政治介入の結果ではなく、市場メカニズムの中で韓国コンテンツが消えていくのならば、それは仕方のないことだ。これまでテレビ局が韓国コンテンツを積極的に取り上げてきたのは、それが自分たちへもたらす実益に加え、そうした方が平和的でリベラルな感じがするという思いもあったのではないか(ちなみにこういった傾向はW杯開催前後くらいからで、それ以前は日本のマスメディアにとって韓国は「アンタッチャブルな話題」という捉え方が一般的)。突然の韓国コンテンツ重用に対して賛否は分かれていたが、テレビ局自身が自分たちのやってることに対して特に負い目はなかったから、批判に対しても超然としていた。ところが最近の韓国における反日行動を受けて日本で巻き起こった、かつてない規模の嫌韓という空気の中、韓国コンテンツの扱いに関しても慎重にならざるを得ない状況になってきた。それに加えて、韓国コンテンツの価格が高騰してビジネス的なうまみがなくなりつつあるという業界内事情も追い打ちをかける。信念がないと言ってしまえばそれまでだが、テレビ局の編成方針なんてそんなもので、風見鶏みたいなものだ。
 では実際の受け手である韓流ファンの考えはどうだろうか。この人たちの考え方次第では、韓国コンテンツが日本市場で激減する可能性だってある。この点に関しては独自調査をやりたいくらい関心があるが、とりあえず既存の2次データを見てみる。皇室と韓流が重要コンテンツである女性週刊誌のうち、「女性セブン」が今週号で「あなたはどう思う?韓流ファンもたじろぐ韓国人反日100年の怨讐…かつてはヨン様も独島は韓国の領土発言を 従軍慰安婦問題ほか、歴史を無視したあまりに一方的な主張の数々」という女性誌らしい掴み上手な見出しで特集しているが、その中で韓流ファンの20~60歳代の女性100人に行われた緊急アンケート調査が紹介されている。
 「竹島問題のニュースを見てどう感じたか」の問いには、半数近くの47%が「韓国のことを許せない」と回答した。年齢別では50歳代以上がやや多かったが、「興味がない」と答えた女性も20~30歳代を中心に20%いたという。サンプルが偏っているので、恐らく一般の世論調査結果とはやや隔たりがありそうだ。一方、「韓流ファンであることについてどう感じるか」の問いには、20~30歳代を中心に10%が「もう韓流ファンをやめようと思う」と回答したらしいが、「政治と芸能は別だと思うのでファンはやめない」が71%を占め、「むしろ架け橋となるため一層応援していきたい」との答えも12%あったという。
 韓流とは、韓国が国家として海外展開に取り組んでいるという意味でも、また一部芸能人が政治的言動をしているという意味でも政治と密接に結びついていると思うので、僕は「政治と芸能は別だ」と言うクリシェは、韓流に対しては安易に使うべき言葉ではないと思う。むしろ「韓流は政治的だけどファンはやめない」ならば話の筋が通っているので理解できるけど。ただし、「架け橋となるため一層応援していきたい」という意見に至っては、こういった純粋無垢な人たちを味方に付けたことが韓流の最大の収穫なのだと改めて感じた。かつて広告代理店の人間が「日本で韓流が流行ったのは、日本にある特定層が存在することに目をつけ、そこを掘り起こすべく、その人たちが好きそうなコンテンツを集中的に投入したから」と話してくれたことがあった。そのような特定層の属性については割愛するが、なるほど今考えても良くできたコンテンツマーケティングモデルである。韓流に対する忠誠心の高さや心酔ぶりから察すると、一連の日韓外交問題が韓流ファン心理に及ぼす影響は少なさそうだ。
 ただ1つ気になるのは、ここ数日、日韓関係悪化が日本における韓流に及ぼす影響が論じられているのに比べて、冒頭に記したような、日本のテレビ番組が韓国でいまだに排除されている事実に対しては、ほとんど議論されていない点だ(このことに関する著書がある関係上、どうしてもそっちに気が行ってしまう)。大体、「政治と芸能は別だ」と言い切る日本の韓流ファンだって、多くはそのような事実を知らないし、知っても気に留めない。彼・彼女らの日韓文化交流とは、あくまで「韓国のものを受け入れる日本」という図式の上に成り立つものなのだ。けれども、日本の政治家は日本から韓流を締め出すことを提言するくらいなら、韓国で日本のコンテンツに対する実質的な規制を撤廃させるためにどうすべきか考えるべきではないだろうか。お互いがゼロになるよりは、お互いが1になった方が良い。もちろん相手の韓国は「政治と芸能は別だ」とは思っていないし、ましてや今日の反日感情の高まりの中での交渉は非常に困難を極めるだろう。他にも外交問題が山積みの中でそんなことやってる場合かという批判が殺到しかねない。しかし、よくよく考えれば、異常な関係を正常にしようとしてるだけだ。相手に「韓国コンテンツが最大の市場である日本で規制対象になるかもしれない」という懸念がある今こそ、実はそのことを外交カードとして戦略的に使って交渉するチャンスだと思う。
 仮に日本のテレビ番組が全面開放されたとしても、大した視聴率は取れないだろうから、韓国の地上波放送局は放送しないだろうという話は現地でよく耳にした。たとえそうだとしても、それは市場の力が働いた結果なのだから、規制による排除とは違って、健全なことだと思う。ただし、『冬のソナタ』がなぜ日本で流行ったのか思い返してみると、重要だったのは、当初全く放送に乗り気ではなかったNHKが途中からやる気満々になり、大プロモーションをかけた点だった。このように「客が後からついてくる」という現象は、KBSあたりが一定期間日本の番組をまともに宣伝し、放送し続ければ、韓国でも起こりうる話だと思う。
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23:52:19
 8月10日の李明博・韓国大統領の竹島(韓国名・独島)上陸に続き、ロンドン五輪では韓国人サッカー選手が領土問題をめぐって反日宣伝行為を行った。領土問題のみならず、既に解決済の過去補償の問題も相変わらず蒸し返され、あげくの果てには天皇陛下への謝罪要求まで飛び出した。もちろん韓国ではこれまでも対日強硬路線が幅を利かせてきた経緯があるが、今回の一連の出来事はかつてないほど失礼極まりないものだし、これまで守ってきた一線を越えてしまった印象がある。レームダックな李政権が愛国・民族主義に訴えかけて人気回復を目指しているだけと看過できるものでもない。
 とにかく韓国では現在、反日活動なら何でもありという状態になってしまっているようだ。そのような中、俳優のソン・イルグクが竹島への上陸を目指した韓国のリレー水泳に参加したことを受けて、BS日テレとBSジャパンは彼が出演するドラマの放映を延期した。こういった名前も知らない俳優が出演するドラマが2局で放送されていたという事実に、日本の放送メディアの韓国ドラマ依存体質を再認識したが、この放送中止が意味することは小さくない。
 韓国の芸能人はこれまでも「独島は我々の領土だ」という政治的言動を行っている。日本でも知名度が高いところで言うと、俳優のキム・テヒがスイスでの独島キャンペーンに「独島愛Tシャツ」を着て参加し、韓国領であることをアピールしている。少女時代はある行事のリハーサルで「独島は我々の島」という歌を歌っている。ぺ・ヨンジュンもホームページで「独島は韓国の領土である」と述べている。もちろん、これらを日本のマスメディアはほとんど伝えない。なぜなら彼らは日本のマスメディアにとって大事な商品なのだから、反日活動という悪印象につながるニュースは封殺される。その意味で、今回の放送延期は思い切った決断だと思う。
 別に韓国の芸能人が竹島に関してどういった言動をするのも自由だし、本人の意思をどこまで反映したものなのかもわからない。韓国では反日的な発言や行動をすることで評価される風潮もあるかもしれないし、現地で人気を保つためにはそういった言動が必要なのだろう。また、世界的に見れば、芸能人が政治的な言動をすることは別段珍しいことではなく、例えばアメリカの俳優やアーティストも政治集会に参加したりして、自身の政治的信条を表明する人は多い。ただし、人気商売であるがゆえ、自分たちの言動のリスクを負う覚悟が必要なことは言うまでもない。日本の芸能人はあまり政治的な発言をしない印象があるが、そうすることでリスクを回避するのも1つの選択だ。
 「独島は韓国領」と声高に主張する韓国の芸能人は、そのような言動が日本市場での芸能活動に及ぼす影響をどう考えているのだろうか。実は、日本は「世界最大の韓流市場」である。例えば「世界中で人気」などと韓国側が喧伝するK-POPだが、実に海外での売り上げの80.8%が日本市場においてであるし、韓国ドラマにしても、日本での放送本数の多さに加え、一部の日本のバイヤーが値段を釣り上げたと言われる。つまり韓流は日本市場への一極集中依存体質を持つものなのである。そして、そのことを韓国の芸能界が熟知しているからこそ、彼らは徹底して商品を日本市場に合わせてくる。日本語で歌うのもそうだし、日本人視聴者を意識したドラマが作られるのもそうだ。普通のビジネスの感覚を持ってすると、このように重要な顧客の嗜好に製品やサービスを合わせるのは理解可能である。しかし同時に、普通のビジネスの感覚を持ってすると、重要な顧客に不利益を被らせるような言動を取るのは理解不可能である。面従腹背というか、デリカシーが欠如しているとは思うが、実際に彼らが日本に対して行っているのはこういったことである。ただ、韓国側にしてみれば別に罪悪感があるわけではなく、日本市場に韓国ドラマやK-POPに対する需要があるから、(本意ではないかもしれないが)そこでビジネスを展開しているに過ぎないという感覚なのかもしれない。
 コンテンツを供給する韓国の姿勢以上に注視すべきは、それに対して需要が存在すると思われている日本の姿勢である。ただし、韓国ドラマを流したり、K-POPを取り上げるマスメディアの行動原理は比較的単純だ。原則として彼らは儲かればやるし、儲からなければやらない。反日女優と噂されるキム・テヒをドラマやCMに使うくらい、日本の企業は韓国芸能人の政治活動には無頓着だった(その意味でも、やはり今回の放送中止は驚いた)。
 むしろ興味深いのは、そういった韓国コンテンツを好む視聴者や読者の考え方である。「なぜ反日的な活動をする俳優やアーティストを応援するのか?」という問いかけには、ほぼ間違いなく以下のような答えが返ってくると思われる。「政治とエンタメは別だから…」。演技なり歌なりが素晴らしいとか、「あばたもえくぼ」みたいなファン心理もあるのかもしれない。現に竹島遠泳を行った俳優ソン・イルグクにも理解を示すような声が寄せられているという。確かに政治問題と大衆文化は本来別次元のものだし、区分されて然るべきものである。政治とは無関係の文化や芸術が何かしらの政治的な意図によって市場から制限や排除されるようなことがあれば、当然理不尽さを覚えるだろう。ただ、ここまで記してきたように、一部の韓国の俳優なりアーティストは実際に日本の国益を損なわせるような政治活動を行っているのである。
 そもそも韓国では、大衆文化交流は政治的要因に左右されて然るべきると考える人は少なくない。幣著『韓国で日本のテレビ番組はどう見られているのか』で詳細に論じたが、韓国では日本の大衆文化を長年規制してきた経緯があり、テレビ番組はいまだにジャンルによっては放送されない。これは主に民族的な感情に対する配慮が原因となっていると考えられる。若い世代では「日本のものでも良いものは良い」と考える人も少なくないが、中高年以上の世代では「日本のものは絶対ダメ」と考える人がまだまだ多い。調査の過程で韓国の文化政策担当者と会談した際、日本のテレビ番組放送に対する規制緩和のために何が必要か質すと、開放のための名分を日本が韓国に与える必要があると言い、一例として竹島問題での日本の譲歩を挙げてきた。当然行われるべき大衆文化開放のために国家主権にかかわる領土問題で妥協しろとは到底理解しがたい話だが、冗談には聞こえなかった。上述の通り「政治と文化は切り離して考えるべき」という考え方に基本的には賛成だし、それが理想だと思うが、日本が今向きあっている韓国は、大衆文化を外交問題解消の取引材料として利用しようとしている国であり、文化交流、特に日本とのそれは政治的枠組みの中で行われて然るべきと考える国なのである。「政治と大衆文化は別物」という言葉は非常に安易に使われがちだが、果たして単純にそのように言ってしまって良いのか、今回の韓国ドラマ放映中止は我々日本人に問うているような気がする。

23:14:57
 今年4月にAdobeが発表した、米英仏独日の1000名ずつ計5000名を対象に行ったアンケート調査で、日本は「世界一クリエイティブな国」に選ばれた(http://agora-web.jp/archives/1478863.html)。面白いのは、日本のクリエイティビティが国内よりも諸外国で高く評価されている点であり、実際、日本は参加5か国の総合では「最もクリエイティブ」と評価されたものの、内訳を見ると自己評価は低く、「自国がクリエイティブ」と答えた人の割合はトップのアメリカの52%に対してわずか19%で、5か国中最下位だった。まあ、自分に厳しいのは日本人らしいと言えば日本人らしいとも思えるのだが、なぜ日本人は日本のクリエイティビティに気づいていないのか(あるいは認めていないのか)を考えてみたい。
 まず考えられるのは、日本人の多くが日本のクリエイティビティを実感する機会が少なく、気づいていないということ。例えば、北米や西欧、東・東南アジアである一定期間生活した経験や、そういった地域出身者と接する機会があれば、特に意識しなくても日本のポップカルチャー(アニメ、マンガ、J-POP、ファッション、食etc)が現地で受容・浸透していることを実感する機会も多いだろう。もちろんクリエイティブだから日本のポップカルチャーが受け入れられているとは限らないが、人気の理由を現地で外国人に尋ねてみれば、このアンケート調査に現れているように「クリエイティブだから」という声を多く聞くことはできるだろう。さらに重要なのは、外国生活を経験すれば、外国のポップカルチャーと日本のそれを実際に相対化する機会に恵まれるため、結果として日本のポップカルチャーのクリエイティビティに気づかされる。僕はこれまで割とこのように「日本人ってよくこんなこと考え出せるな」と感じることが多かった。
 次に、日本のクリエイティビティを認めないという考え方である。例えば、日本のポップカルチャーの多くは元来、欧米にその起源をもつものも多く、それを日本風にアレンジしたものであるがゆえ、オリジナルである欧米のものに比して下位に属すると考える人はいるだろう。また、そもそもポップカルチャー自体を価値のないものと考える人も高齢者を中心に依然存在すると思われるが、実はポップカルチャーを支える若年オタク層にもそういう考えの人はいるかもしれない。オタクの特性として大澤真幸は「アイロニカルな没入」を挙げるが、その根底にあるのは、アニメやゲーム、マンガやアイドルといったものにハマる一方で、社会的規範に基づいた場合のそれらの意味のなさや価値の低さへの自覚であると指摘する(『電子メディア論』、1995年)。「客観的に見れば日本のポップカルチャーは取るに足らないものであり、そんなものを好む自分が特殊なのであって、世間一般では認められないだろう」という、ある種の自虐的態度はオタク層に特有なものである。日本のポップカルチャーを否定するのであれば、当然そこにクリエイティビティは見出しにくい。
 最後に、日本のメディアが日本のクリエイティビティをきちんと伝えないことが考えられる。過去10年くらいの間、「クールジャパン」なる言葉が喧伝されるようになるにつれて、海外での日本のポップカルチャーの人気をリポートする記事や特集は増えたと思われるが、日本のメディアが取り上げる場合、上記のとおり、その魅力を日本人記者が理解できないこともあって、「なぜ!?」みたいな懐疑的な内容のものが少なくなかった。むしろ逆に、海外のメディアの方がきちんとその魅力について分析・報道をしてきた感がある。結果として前者を眼にする日本人読者らには日本のクリエイティビティが伝わらず、後者を眼にする外国人読者らには理解されてきたのかもしれない。日本のメディアだって、日本のポップカルチャーの海外での受容が自分たちの収益に直結するならば、提灯記事みたいなものも含めて、「日本のポップカルチャーはクリエイティブ」などと褒めちぎるはずだが、概して彼らは海外市場展開には熱心じゃないし、そもそも日本人消費者に向けてアピールするインセンティブがない。それよりは自分たちのビジネスに直結する外国製コンテンツの魅力を日本市場で伝えることに血道を上げるのだろう(韓国ドラマやK-POPの持ち上げ方を見ればわかる)。

22:56:54
 先月24日、経済産業省がクールジャパン戦略推進事業として採択された15案件を発表した(http://www.advertimes.com/20120724/article77385/)。これは9.2億円の予算を付けて、企業やクリエイター等の海外市場への展開を支援するもので、大きく分けて、1. 流通企業やデベロッパー等との連携、2. コンテンツを活用した連携、そして3. 地域資源の活用という3つの柱があり、各案件はそれらのいずれかに分類されている。ちなみに、提案された事業の現地イベントの費用や物品などの輸送費、広告費、人件費などが、経産省の事業委託費として拠出されるらしい。以下では、個人的に気になる「コンテンツを活用した連携」5案件を見てみる。
 まずはビープラッツの「VOCALOID TransPacificプロジェクト:VOCALOIDを活用した音楽ビジネス基盤創出プロジェクト」である。ビープラッツと言えばVOCALOID STOREを運営している会社だが、英語版VOCALOIDの販売に併せて、アメリカ西海岸及びハワイでボカロ・コンテンツを発表したり、配信・放送したり、あるいはプロモーションするためのプラットフォームを整備し、併せて関連グッズ販売やコラボレーションを推進する。海外でのボカロ関連事業はすでに中国や台湾で展開されているが、アメリカでも去年LAでMIKUNOPOLISが開催されたり(なかなかいいライブだった)、この春には初のボカロ専門WEBマガジンが発刊されているので、市場のポテンシャルは高いのかもしれない。
 次にBSフジの「インド市場 ジャパコン・キッズTV事業」。これはインドの子供層をターゲットに、インド国内のテレビ局と連携して「ジャパコン・キッズTV」を放送するとともに、関連商品(玩具、文具、子供用製品、アパレルなど)の販売を促進する。インドと言えば独自の巨大メディアコンテンツ市場が存在するわけだが、かつてSTAR TVがアジア市場を中華文化圏とインド文化圏に二分したように、日本のコンテンツが入っていくのは難しいイメージがある。子供向けのコンテンツがどういうものか具体的にはわからないが、インドで『巨人の星』を野球からクリケットに設定を変えてリメイクしたことが話題になったように、徹底したローカライゼーションが必要だと思われる。
 3つめは、シネコンを運営する東映系大手映画興行会社ティ・ジョイの「日本のコンテンツのためのニュー・アジアン・プラットフォーム」。日本のコンテンツを国内とほぼ同時期に香港・中国で公開しつつ、現地の映画館を中心に常設ショップを設置し、グッズやその他物販を行うというプロジェクトである。すでに中華圏で多くのシネコンを運営する大手映画会社オレンジスカイと提携しており、今後は中華圏全域の映画配給ネットワークの発展を目指す。日本映画にとってのアジア市場、そしてアジア映画にとっての日本市場が互いに重要度が高まる中、配給と映画館をマッチングし、コンテンツ共有とアウトレット確保に大きく役立てることで、国際映画流通の効率化を狙うのだろう。
 4つめは、「『料理の鉄人~Iron Chef』等日本のコンテンツを梃子にしたインドネシア日本食産業」で、インキュベーションインドネシア総合研究所によるもの。フジテレビの『料理の鉄人』はかつてアメリカでも大人気で、日本語版に飽き足らず、フォーマット販売され、アメリカ現地版まで作られていた。そのインドネシア版というわけだが、恐らく要点は日本の外食産業が絡んで、日本食の普及に役立てようとしている点だろうか。インドネシアは人口の上では巨大市場だが、これまで日本のポップカルチャーの浸透はそれほど盛んでなかったように見受けられる。ただ、AKB48初の海外姉妹グループJKT48が作られたり、現在注目を集める市場なのだろう。
 最後に、トヨタモーターセールス&マーケティングによる「クールジャパン流コンテンツ×車による相乗的プロモーション」で、タイを対象とする。「コンテンツと車のコラボレーションが目新しい」と評価されたらしい。いわゆるブランデッド・エンターテインメントだろうか。宣伝は今後、これまでのテレビCM的なプッシュ型から、よりコンテンツ化したプル型へと移行していくといった話をよく耳にする。しかし、例えばプロダクトプレイスメントなんかはアメリカの映画産業が伝統的に得意としてきた手法だが、日本では否定的な見方が少なくなかった。ノウハウが蓄積されていない状況で、いかも海外市場でこういったプロジェクトがどれくらい功を奏すのか、個人的には最も関心が高い案件ではある。
 全体を通してみるとハッキリわかるのだが、単体のコンテンツを特定市場でどのように流通させ、収益を上げるかといったプロジェクトはなく、全て関連事業が結びついたものになっている。最初の3つはコンテンツ×関連キャラクターグッズなどの消費財であり、4つ目はコンテンツ×食、そして最後のものはコンテンツ×車である。つまり、実はコンテンツが主ではなくて、それを取っ掛かりにして各種の財・サービスの市場を生み出そうというのがあくまで真の狙いなのである。まあ、それくらいの経済波及効果が見込める事業じゃないと、コンテンツだけでは予算付けるといってもなかなか理解は得られにくいだろうしね。

プロフィール

大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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