地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
2012/12«│ 2013/01| 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »2013/02
文字サイズ文字サイズ:大文字サイズ:中文字サイズ:小
--:--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category:スポンサー広告│ コメント:--│ トラックバック :--
21:54:24
 今月中旬にJ-CASTがネット上で行った「嫌いなテレビ局に関するアンケート」で、フジテレビは総得票4715票のうち、3分の2に迫る62.7%を獲得して1位になった。もちろん、調査方法の信頼性・妥当性を考えると、この結果を一般化することはできないし、同時期に行われた同じようなアンケートではフジテレビ系列は「最も好きな地上波系列」に選ばれていたりもする。2012年のフジテレビの年間視聴率は全日、ゴールデン、プライムともに3位と低迷したものの、売上高・営業利益ともに民放の中では依然としてトップだし、東洋経済新報の最近の調査「学生が選ぶ人気企業ベスト100」では、ここのところ落ち込んでいた就職人気も急上昇(56位→18位)している(まあ、1位に選ばれていたかつてのことを思うと18位でも低いが…)。近年インターネット上ではアンチ・フジテレビ言説を目にする機会が多いが、フジテレビのブランド力をどう捉えたらいいのだろうか。
 自動車や電化製品、衣類や食品などのブランドと違って話題になることは少ないが、メディア企業にとってもブランドは非常に重要である。映画にせよテレビ番組にせよ、コンテンツの多くは、経験して初めて「面白い」とか「笑える」といったクオリティを判断できる、いわゆる「経験財」であるため、人々の選択決定要因としてブランドが機能する部分は大きい(例えば、「このチャンネルの番組なら面白そう」と思わせる)。しかし一方でテレビ局、特に総合編成を行う地上波放送局にとってブランド構築は容易ではない。ターゲットを絞ることはブランド設定の基本だが、地上波放送は通常、老若男女、学歴、収入などを問わず、広い層をターゲットにしているからである。
 そのような中、フジテレビは若い視聴者をメイン・ターゲットにブランドを築いてきた。よく知られる話だが、フジテレビは1959年の放送開始以来、どちらかというと地味な局で、日テレ・TBSの後塵を拝していたが、1980年代に入った頃、「第2開局」と称されるような大改革を行い、「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズのもと、「軽チャー路線」と称し、お笑い・バラエティ番組中心の編成を進めた。ニュースやスポーツにまで娯楽的な要素を持ち込む一方で、80年代後半のバブル景気時にはトレンディ・ドラマというジャンルを生み出した。
 企業側が定めるブランドの特性をブランド・アイデンティティというが、「明るさ」「楽しさ」「軽さ」はフジテレビのブランド・アイデンティティそのものだった。フジテレビ・ブランド(つまり「フジテレビ」という名称や目玉マーク)は、人々に楽しい気分にさせることを約束する記号であり、1980年代の明るい日本社会と抜群の相性の良さを示した。フジテレビの成功に他局が追従した結果、テレビ全体がどんどん軽いものとなり、明るさや楽しさ、賑やかさが不可欠なものになって行ったが、テレビ界にそういった空気が支配的になればなるほど、本家のフジテレビ・ブランドは強かった。極論を言えば、今日に続く日本のテレビ空間は、この時代のフジテレビが礎を作ったと言ってもいいと思う。
 1990年代になってバブル経済が崩壊しても、フジテレビ・ブランドは安泰だった。景気が後退する中、「せめてテレビでは明るく楽しいものを見たい」と思う人が多かったのかもしれない。また、80~90年代のフジテレビには他局がやらないような実験的な試みも多かった。深夜枠に独創的な番組が多かったこともそうだが、個人的には積極的なアジア展開が忘れられない。『アジアバグース』という汎アジア・オーディション番組、一連の月9ドラマの台湾・香港での大ヒット等々だ。これらのビジネスの収益性は高くなかったと思うが、フジテレビが進取の気質に富む局であることを印象づけた。実は僕が勤務していた局は1990年代中盤から年間視聴率でフジテレビには勝っていたのだが、ブランド力ではフジテレビと圧倒的な力の差がついていた。
 では、実際にフジテレビ・ブランドとはどのような効力があったのだろうか。例えば、特に見たい番組があるわけではないが、テレビのスイッチを入れるとする。この時に真っ先に8チャンネルを押し、面白い番組をやっていなければ他へチャンネルを変えるということが習慣になっていた人は少なくなかったと思われる。2000年3月のNHK放送文化研究所のステーションイメージ調査(1683名対象)では、「最初につけるチャンネル」としてフジテレビを挙げた人は26%で、1位NHKの27%を僅かに下回ったが、「見たい時間に見たい番組をやっていることの多いチャンネル」は23%で2位日本テレビ(14%)を大きく引き離している。フジテレビ・ブランドが多くの人の知覚リスクを低減していたことの証左だろう。なお、好きなテレビ局を尋ねた設問(複数回答)で、フジテレビは46%を獲得し、2位の日本テレビ(38%)、3位のNHK(33%)を引き離して1位になっている。
 この調査で面白いのは感覚的イメージの項目で、フジテレビは「若々しい」「派手な」「ひょうきんな」「感情的な」「庶民的な」というイメージを持たれており、これはNHKの「成熟した」「地味な」「まじめな」「理屈っぽい」「エリート的な」というイメージと全く逆のグラフを描いている。一方、それ以外の局はどこも概して偏りがなく、中庸な評価にとどまっている。これをテレビ局ブランドと言う観点から見ると、フジテレビとNHKだけが明確なブランド・イメージを持たれており、自局と他局を差別化するポジショニングに成功していると考えられる。
 さて、その後の10年余りでフジテレビ・ブランドはどうなったのだろうか。恐らく根本的な部分では変わっていなくて、現在でも明るさや楽しさはブランド・アイデンティティとしてフジテレビの根幹にある哲学みたいなものだろう。ただし、フジテレビ・ブランドは不変であっても、それに対する人々の評価は確実に変わったような気がする。例えば、かつては肯定的に捉えられた「明るさ」は今では「はしゃぎすぎ」「空気読めない」と批判されることがしばしばある。まあ、これはテレビ全般に対して言えることかもしれないけど。
 そしてそれに加え、フジテレビ・ブランドを混乱させるような出来事が表面化してきた。端緒は2005年のライブドアによる買収騒動だろうか。バイタリティ溢れるホリエモンの前でフジテレビは「公共性」という、それまでのフジテレビ・ブランドにはおよそ似つかわしくない言葉を口にするようになった。ところが、公共性を主張する一方で営利追求は露骨さを増し、何かを仕掛けようとすれば、面白がられるよりも「ステマ?」と怪しまれるようになってしまった(こういう点、昔のフジはもっと巧妙だったような気がする)。その極みが「韓流ゴリ押し」だった。実際のところ、昨年8月の竹島騒動以降、さすがにフジテレビの韓流推しも沈静化し、今ではフジが他局よりも韓国ドラマを多く放送しているとか、K-POPを流しまくっているわけではないと思う。ただし、一度貼られたレッテルは容易には剥がれない。今日ではフジテレビと言えば、まず「韓流ゴリ押し」を連想する人は少なくないのではないだろうか。
 あれだけ時代の空気を読むのがうまく、良くも悪くも、視聴者の気分に敏感だったフジテレビが一体どうしてしまったんだろうと個人的には感慨深いが、それでも就職先としての人気や映画やイベントの好調さを見ると、まだまだフジテレビ・ブランドに力はあるような気がする。フジテレビの事業が多角化する今日、それは視聴率では測りきれないし、そもそも具体的な形もないものだが、フジテレビの価値向上にいまだに貢献しているのだと思う。アメリカではメディア企業のブランド力調査が割と盛んに行われるのだが、日本でもやると面白そうだ。
スポンサーサイト

プロフィール

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

obagoro's books
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。