地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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11:33:43
 クールジャパンに関しては、これまで何度かブログで書いてきたのだけれど、最近の議論の高まりを見て、もう一度自分なりに問題点を整理し、提起する必要があるように思う。まず、前提として、日本のポップカルチャーが海外に広がり、世界中で受容されることを快く思わない日本人はそんなに多くないだろう。個人的にも実際アメリカにいて、定番のキティちゃんやポケモンから最近のきゃりーぱみゅぱみゅまで、日本のポップカルチャーを目にしたり、耳にしたりする機会はかなり多いが、すごくうれしいとは言わないまでも嫌な気分はしない。ただし、民間企業の努力とファンの力で広がっていくのではなく、日本政府がそれを広めようとすることに対しては、「なんで税金使ってやるの?」と疑いをはさむ人が多いというのも感覚的に理解できる(ちなみにこれも批判が多い「クールジャパン」という名称はそもそもイギリスの「クールブリタニカ」の真似だし、使っている人も別に「かっこいいでしょ?」と思っているわけではなくて、何か日本のポップカルチャーの総称があった方が便利かなという程度の意味しかないと思う)。
 ポップカルチャー振興、特にその海外展開を国が後押しする根拠を中村伊知哉先生が書かれている(「ポップカルチャー政策は必要なのか?」)。政策の根拠として納得できる部分がある一方で、釈然としない点もあった。まず、コンテンツ産業の拡大ではなく、コンテンツを触媒として、家電や食品や観光などを含む産業全体が伸びることが狙いとなるという点である。いわゆるコンテンツの経済波及効果であり、具体的には映画なり、テレビ番組なり、アニメなりに実在の企業や製品を登場させて、プロモーションやブランディングにつなげる手法、いわゆるプロダクトプレイスメントを指すと考えられる(それ以外の主なところではロケ地巡礼といった観光客のインバウンド効果だろうか)。
 プロダクトプレイスメントに関して、以前のエントリー(「映像コンテンツでモノを売るというけれど…」)にも記したが、これまでコンテンツが消費財やサービスの国際マーケティングに寄与したケースは多くない。実はこの点に関して、現在アメリカで調査しているのだが、プロダクトプレイメントが一般的な手法として用いられているハリウッド映画でも、そこに登場した消費財・サービスのセールスが映画輸出先の市場で増加したとか、好感度が上がったという事例を探すのに苦労している。韓国は韓流が海外市場での韓国製品プロモーションに貢献したと言うが、これもコンテンツ流通と製品認知・受容の間に因果関係があることを報告している資料は見たことがない。つまり、「コンテンツでモノを売る」というのは一見もっともなようだが、実は証拠が決定的に欠けていて、先月、経産省でヒアリングを行った際にも担当者に根拠が何か質してみたのだが、ハッキリとした答えは得られなかった。効力があるか不確かなものに、クールジャパンを振興する人たちは過大な期待を寄せているように見受けられるのである。
 実際、日本コンテンツにおけるプロダクトプレイスメント戦略の方向性に違和感を覚えたのが、最近クールジャパンの実例として取り上げられることの多かった『インド版巨人の星』だった。経産省の担当者は日本のアニメをインド市場に合わせて現地化し、そこに日本の協賛企業ブランドを多く登場させたことを成功と言う。しかし、これも以前のエントリー(「インド版巨人の星で考えた」)で指摘したように、子供向けアニメに実在の日本ブランドが次々出てくるのは、やはり作品としては異様だと思うし、しかもローカライザーションと言えば聞こえはいいが、コンテンツから日本色は抹消されている。つまり、企業名・商品名以外、ほとんど日本の何もインドに伝えていないのである。自国にモノを売ることを目標としてアニメを作る国をインド家庭はどのように思うのだろうか。
 あともう一点、ソフトパワーに関してである。コンテンツ振興の最終的な目標は、日本のポップカルチャーを通して海外に日本ファンを作るという話はよく耳にするが、ちょっとコンテンツの力を過大評価しすぎのような気がする。もちろん中にはコンテンツにはまったのがきっかけで、その原産国に興味を持ち、その国の言葉を覚えたり、頻繁に旅行で訪れる人もいるだろうが、圧倒的多くの人は「コンテンツ面白かった。終わり」だろう。冒頭のポップカルチャーの話と同じで、日本好きの外国人に会えば日本人としてうれしくは思うが、そういう人は国が戦略的にコンテンツを使って増えるものなのだろうか。恐らく、国がポップカルチャーに肩入れすればするほど、本来政治とは別のものであるべきポップカルチャーの受容が、その国に対する感情で左右され、多くのアンチファンを生みかねないことは、日本での韓流の受容を見れば明らかである。逆に考えれば、対日感情が良くない中国や韓国でもこれまで、非正規版のような形であったにせよ、日本のポップカルチャーが支持を得てきたのは、そこに日本という国家の影が見えなかったからとも考えられる。
 そもそも、国が本気で日本のポップカルチャーが海外で日本に対する好感度を高め、日本ファンを作る力を持つと考えているのならば、なぜ中国・韓国でクールジャパンを重点的に展開しないのだろうかという疑問に至る。文化的親和性は高いし、経済的な結びつきも強い。皮肉でもなんでもなく、ポップカルチャーにそこまでの力があるのならば、それを戦略的に使うことで両国民の日本に対する感情を改善してほしいと思う。
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09:32:04
 この春から在外研究の機会を得て、ニューヨーク大学で客員研究員を務めている。僕にとっては7年ぶりのアメリカ生活で、様々な面で変化に驚くことが多いのだが、その1つにテレビ環境がある。よく知られているようにアメリカはケーブルテレビの普及が進んだ国で、実際、日本のように屋根にアンテナが乱立しているような光景を目にすることはほとんどない。2012年のケーブルテレビ契約世帯は全体の60%ほどである。しかし、10年くらい前は70%を超えていたから、ここ10年くらいでケーブルテレビ離れが進んでいることがわかる。アメリカのメディア状況から遠ざかっていたので、ちょっとした驚きである。
 ケーブルテレビの落ち込みは、個人的に感慨深い。2000年代初頭、僕はアメリカの大学院に籍を置き、ケーブルテレビと番組の多様性をテーマに修士論文を書いた。変化の乏しい日本のテレビ放送産業と違って、アメリカのそれは非常にダイナミックなものに思えたが、ケーブル会社はその中心に位置していた。ケーブル会社の影響力の大きさは日本では想像しにくいものだが、アメリカでは地上波放送を行っているネットワーク(NBCやABCなど)でさえ、多くの人は再送信されたものをケーブル経由で視聴しているように、テレビ局の視聴者へのリーチはケーブル会社が握っているといってもいい状況が進んでいた。
 重要だと思うのは、地上波ネットワーク以外に数多くのケーブルチャンネルを家庭に届けるケーブルテレビが、アメリカのテレビにおける「番組の多様性」を実現してきたという点である。チャンネルをザッピングしていると、高尚なものから低俗なものまで様々な内容の番組が、そして時には英語以外の言語も流れてきて、なんとなくアメリカという国そのものを体現しているようにも思えた。実は、アメリカの地上波ネットワークも日本の地上波放送同様、横並び志向が強く、それぞれの時間帯に各局が似たような番組ばかり放送しているのだが、それに飽き足りない多くのアメリカの家庭では、有料のケーブルテレビと契約することが定着してきた。実際、何十チャンネルもあれば、自分の好みに合うチャンネルが1つくらいあるものだし(ケーブルチャンネルの中にはかなりターゲットを絞ったものが多い)、しかもケーブルチャンネルの多くは専門チャンネルだから、「自分の好きなタイプの番組を1日中放送している」という満足も得られる。カネを払って見たいものを得るのは、恐らく多くのアメリカ人にとっては当然の感覚なのだろうと思う。
 その一方で、アメリカのケーブルテレビは常に批判に晒されてきた。資本関係に基づく特定ケーブルチャンネルの扱い(同資本のものを囲い込み、他資本のものを冷遇)とか、サービスの悪さ(工事約束時間や請求額の間違い、苦情電話をかけても通じない等)とか問題は色々指摘されてきたが、最も批判の対象となるのは料金である。実際に今回、あらためてケーブル会社と契約して高すぎると思った。
 我が家の場合、ニューヨーク周辺一帯をフランチャイズにするケーブル会社・ケーブルビジョンと契約をしたのだが、バリューパック(地上波ネットワーク+ケーブルチャンネル70くらい)に月$40.05、ケーブル・セットトップボックスとリモコンに月$6.95、そしてオプションのTV Japanに月$24.95で、計$71.95を毎月テレビ視聴に払うことになる。なお、ケーブルビジョンとはテレビ以外に電話およびインターネットの契約もしているので(いわゆる「トリプルプレイ」)、毎月の支払いは$126.80(税別)になる。
 アメリカのケーブル料金は、かねてから消費者物価指数の上昇率以上と揶揄されていたのだが、さらに高騰している印象で、先述のように最近ではケーブル契約世帯数は減ってきているし、Cord cutとかCord neversなどのタームもよく使われている。では、ケーブル契約を打ち切った人たちはどのようにテレビ視聴をするのだろうか。
 1つは、ケーブルテレビ以外の多チャンネルメディアへの切り替えである。ケーブル会社は各地域で事実上の独占的フランチャイズ権を与えられており、消費者がケーブル会社を選択できるケースは稀である。しかし、以前と大きく異なるのは、ケーブルテレビ同様に何十~百のチャンネルを提供してくれるメディアが他に存在する点だ。具体的には衛星放送やIPTVである。実際に、2000年中盤からケーブルテレビ契約世帯が減り始めても、多チャンネルメディア契約世帯が増え続けていたのは、衛星放送やIPTVへスイッチする世帯が多いことの証左だろうし、2009年から2012年までのメディア別契約世帯数増減を見ても、ケーブル(MSO)の1人負けがよくわかる。
 その一方で、2012年にはそれまで右肩上がりだったものが初めて減少したとして、今後も多チャンネルメディア契約世帯数が減り続けることを予測するリポートもある。。多チャンネルメディアに契約して何十~百チャンネルが視聴可能でも、現実問題として常時見るのは4~5チャンネルくらいなものだろう。そのいくつかのチャンネルのために月に何十ドルも払っていたわけだが、今日のようにNetflixとかHuluなどの動画ストリーミングでコンテンツ単体にアクセスできるようになると、消費者にとってテレビチャンネルのバンドリング(何十ものチャンネルを1つのパッケージにして売る手法)はいかにも費用対効果が悪い。あるユーザーの「1番組を見るためにケーブルパッケージ契約するのは1曲聴くためにCDを買うようなもの」というコメントを目にしたが、もっともな意見である。また、ロングテールを実現した動画ストリーミングサービスの隆盛とともに、多様性に関する議論も影をひそめた感がある。
 近年、日本でも「テレビ離れ」が指摘されるように、見たいものだけを選択的に見るのは万国共通の視聴者願望なのだろうが、さらにアメリカの場合だと「見たくないものにまでなぜ金を払わなければならないのか」という気分が広まりつつあるのかもしれない。今後アメリカでケーブルテレビのみならず、多チャンネルメディア離れが加速するのか注視したいと思う。それと同時に、動画ストリーミングサービスの充実はおろか、多チャンネルメディアの普及状況でさえ先進国最低レベルの日本は、テレビ番組コンテンツの視聴環境としては間違いなく、アメリカの2周遅れぐらいになっているわけで、そちらも改善を期待したい。

プロフィール

大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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