地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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22:07:31
 拙稿「韓流をモデルにするクールジャパン」に対して様々なご意見を頂戴した。「本当に日本のコンテンツが日本ブランドの構築に繋がり、日本観に影響するならば、中国や韓国で戦略的に展開したらどうか」と記したことに対して、「そんな必要はない」、「なんで中国・韓国にこだわるのか」という意見が寄せられた。
 記事でもいくつか例を挙げたが、「某国の文化は好きだが、某国は嫌い(あるいは関心がない)」といった話は枚挙にいとまがないし、恐らく多くの人にとってコンテンツや大衆文化とその原産国への感情・態度は基本的に分離して考えられているように思われる。ところがクールジャパンを推進する人々からは、その逆の意見、つまりコンテンツに接することで、その原産国への感情や態度に良い影響が現れるといった話がよく聞かれる。彼らが本気でそのように信じているのなら、中国や韓国で重点的に展開しないのは不思議じゃないだろうか。ちょっと皮肉に聞こえるかもしれないけど。
 別にコンテンツを使って中国や韓国の対日感情を好転させよと主張しているのではない。拙稿に記したように、中国や韓国は日本にとって重要なパートナーと喧伝されている一方で、反日感情は根強く、日本は嫌いな国の筆頭にあげられる。またそれと同時に、違法流通の隆盛を見ればわかるように、日本のコンテンツへの需要は高い(『半沢直樹』は中国でも評判。もちろん違法動画を通してだが)。クールジャパンのロジックに従って、日本イメージを改善するためにコンテンツを活用する条件が揃っていると思われるのは、現状では中国や韓国が思い浮かぶという話である。もちろんこの条件に当てはまるのなら、別に中国や韓国以外の国でも構わない。
 コンテンツが人の考え方になにかしらの影響も及ぼすこと自体は言を俟たない。もしコンテンツに人々の国家観へ及ぼす影響があるならば、それは「嫌いなもの」を「好きなもの」に変えるほどのものではなく、「好きなもの」を「もっと好きなもの」にする程度のものなのかもしれない。マスメディアの効果に関して、受け手(読者とか視聴者)の考えを真逆に変える力(転換力)はないが、考えを強めさせる力(補強力)はあるという説があるが、ここで論じていることもそれに近いのかなと思う。日本に好印象を持っている人が日本のコンテンツに接して、もっと日本好きになったり、日本に特別な印象を持っていない人が日本のコンテンツに触れて日本を好きになることはあるかもしれないが、日本を好きではない人が日本のコンテンツに接しても日本好きにはならないのではないかという仮説である。これには「日本を嫌いな人はそもそも日本のコンテンツを見ようという気が起きないのでは?」という反論があるかもしれないが、そこは上述したように、受け手が国家と大衆文化を分離して考えていれば相反しないと考えられる。いずれにせよ、こういった点はきちんと実証的調査が行われると面白いと思うが、あまり見たことがない。
 拙稿への反応でもう一点興味深かったのは、実際にクールジャパンの施策に関わる人からの反応で、曰く「クールジャパンが参照しているのはポケモンであって、韓流ではない」とのこと。1つのコンテンツがメディアミックスやキャラクタービジネスへと展開する好例としてポケモンを挙げるのは理解できるが、拙稿はクールジャパンのそういった側面を論じたものではない。昨今クールジャパン政策の中で力点が置かれていて、実際に関連報告書などで目にする機会も多い「コンテンツを活用した他産業の海外進出後押し」、もう少しわかりやすく言うと、日本のコンテンツを使って日本の電気製品とか化粧品とか食品といった消費財とかサービスを海外市場でマーケティングするというモデルに関して、「そんなに上手く行くもの?」と疑義を呈しているのである。
 経済産業省が昨年出した「クリエイティブ産業海外展開強化に向けた調査報告書」では、4つのコンテンツを成功事例として分析対象としている。1つは『おしん』。いまだに世界で最も有名な日本のドラマである。ただ、多くの国に無償提供されたわけで別に大きなビジネスにはなっていない。名作とはいえ、30年前のドラマにいまだに拘るのは、それだけ日本の放送番組の海外展開が停滞していることの証左だろう。2つ目は『料理の鉄人』。海外市場での番組リメイクの代表例として取り上げられている。いわゆる「フォーマット販売」だが、基本的に現地化されるので日本色は薄いし(それってクールジャパンと相反するのでは…?)、これまではビジネスとしてもそれほど大きなものではなかったと思う。3つ目が上述の『ポケモン』で、ライセンスを使ってメディア横断的に、またキャラクターグッズへと展開していく例である。そして最後は日本から離れて『韓流』である。「各国では韓国コンテンツの普及が進展し、人気が向上」、「他産業における韓国製品のシェア拡大・プレゼンス向上」(今話題にしている点)、そして「韓国全般に対するイメージの向上」(本稿前半の話題とシンクロする)と、クールジャパン関係者が羨望してやまなさそうな、理想的なコンテンツの海外展開モデルが紹介されている。ちなみに見出しページを除いた実質ページ数は、おしん1ページ、料理の鉄人1ページ、ポケモン4ページ、そして韓流は9ページである。
 別にクールジャパンが韓流をどれだけ参照しようが、意識しようが、あるいはモデルにしようが、理に適っていればいいと思う。でも、この韓流の展開パターンはそれほど信頼に足るものなのだろうか、仮にそうだとしてマイナス面はないのか、そして、諸条件が日本のコンテンツやブランドと韓国のそれらでは異なるのに、なぜ韓流モデルにそこまでこだわるのか、というのが前回のエントリーの要点である。
 例えば、電気製品とか化粧品ブランドをドラマに露出するのだって、そのメリットとデメリット、どういう見せ方をしてどういったターゲットに対していかなる効果を目指すのか、対象市場の特性等々、熟考しなければならない点は多い。こういった手法はハリウッド映画やアメリカのドラマではよく見られ、専門に扱うエージェンシーも多いが、翻って日本ではこれまであまり浸透しなかった手法なのでノウハウも蓄積も少ない。クールジャパンの目玉プロジェクトだったインド版『巨人の星』の例を考えると、言葉は悪いが「とにかくブランドを登場させれば何かいいことあるのでは?」くらいにしか考えていなかったのではないかとも思える。また、日本ブランドを進出先のコンテンツで露出させればよいのであって、なぜわざわざ日本のコンテンツと抱き合わせで海外展開しなければならないのだろうかという疑問も浮かぶ。
 前にも書いたのだけど、僕は日本のコンテンツが海外で受容されることは素直にうれしいし、必要ならば官民一体で海外展開に取り組んでいってもいいと思う。また、元々コンテンツを制作する立場にいたので、売れることが絶対的とは言わないまでも、かなり重要であることも理解しているつもりだ。しかし、経済産業省が「コンテンツ自体で儲けるビジネスモデルではなく、プロモーションツールと割り切って(コンテンツを)利用する発想も必要」などと掲げるのは、やはりぞっとしない。仮にそう割り切るとしても、最初の国家ブランド案も、ここで述べている他産業への経済波及効果も、まるでコンテンツに魔法の力があるかのように過大な期待を煽るような文言が目につき、その理論的根拠が不足している点が気になってしまうのである。
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13:17:13
 田原総一朗さんが書いていたと思うのだが、かつて日本には「ソ連嫌いのロシア好き」という言葉があったらしい。国家としてのソ連は嫌いだが、ロシア民謡などは好きといった意味である。同様に、共産党独裁の中国は嫌いだが、深い歴史を持つ中国文化に魅かれる人は多かった。両国の例は、国と文化の関係の捉え方としては自然なものだと思う。「政治と大衆文化は別」という言辞は陳腐な感じがするが、普遍的な共感を得るだろうし、今さらここで強調する必要もなく、そうあるべきだと思う。
 先日の宮島理さんの記事のように「日本は嫌いだけど日本文化は好き」もあって然るべきである。世論調査では「日本は嫌い」という意見が多く聞かれる韓国や中国でも、日本文化を好む人は多い。以前、韓国における日本のポップカルチャー受容を調査するためにフォーカスグループでヒアリングを行った際に非常に印象的だったことがある。40代の人たちはとにかく日本否定で、「日本の大衆文化なんてもってのほか」という意見が出たのに対し、20代からは「日本のものでも良いものは良い」という声が聞かれた。若者らはどこの国のものであろうと、面白かったり、カッコ良ければ受け入れるようだったが、中高年にとっては「日本のもの」が特別な意味(もちろん悪い意味)を持ち、内容ではない。ただ、この話にはもう一展開あって、では韓国の若者たちが日本を好きかというと、別に好きではないのである。むしろ政治や歴史問題を考えると、日本という国に良い印象は持っていない。
 前にもブログ「ポップカルチャーに過大な期待をしていいものか」で書いたのだが、クールジャパンを推進する政治家や官僚たちは「日本のポップカルチャーが外国人の日本観を変える」と意気揚々に話すが、本当にそのような力を信じているなら、なぜ韓国とか中国で戦略的にクールジャパンを展開しないのか不思議である。彼らの言葉を借りれば、韓国や中国は「超重要なパートナー」だったり「価値観を共有している」わけで、そうであれば対日感情の好転を願うのが当然だろう。未来志向を掲げるのならば、若い韓国人・中国人たちの対日感情は特に大切なはずだ。彼らが好むアニメとかアイドルとかJ-POPには日本ファンを増やす力があるのではなかったのか?「韓国とか中国は日本のポップカルチャーには規制があって…」などと言い訳が聞こえてきそうだが、そこをなんとかするのが政治ではないだろうか。いまだに日本のドラマやバラエティ番組は韓国の地上波放送から事実上締め出されているわけだし。
 その一方で、クールジャパン政策では相変わらず、「日本のコンテンツがその他の産業に経済波及効果をもたらす」という話がまことしやかに語られている。それで、関係者に実証的な裏付けを質すと、決まって出てくるのが「韓流がそのように成功したから」という話である。クールジャパンの名のもとに、税金を使ってコンテンツの海外展開をすることに批判は多い。そこで他産業も巻き込んだ経済波及効果を打ち上げたものの、理論的根拠が少ない。そこで韓流モデルにすがるわけである。経産省JETRO日経新聞も、判で押したように韓流が韓国製品の輸出に寄与した話を取り上げている。しかし、コンテンツ普及とそこに登場する製品のセールス間の因果関係が不明である点に関する指摘は皆無である。そもそも、本当にコンテンツにそのような力があるのならば、なぜ韓流最大の市場である日本で韓国製品・ブランドは浸透しないのだろうか。
 個人的に、クールジャパンが韓流の後追いを目指すことには違和感を覚える。日本と韓国ではコンテンツをめぐる諸条件が違う。韓国がやったように、まずはコンテンツに触れてもらうために廉価で海外にコンテンツを提供したり、海賊版に目をつぶるような覚悟が日本のコンテンツホルダーにあるだろうか。しかも、ベトナムや台湾など、歴史的経緯から韓国に対する感情が悪い市場で敢えてコンテンツを流通させるようなことを日本のコンテンツ実務家や政策担当者はできるだろうか(くどいようだが、それならば是非とも韓国・中国で重点的に展開してほしいものだ)。
 また、日本と韓国では諸外国における消費財ブランドの認知度も異なっている。コンテンツを使ったマスプロモーションは新興ブランドの認知度を比較的短期間で高めるには有力かもしれないが、十数年前までほとんど海外市場での知られていなかった韓国製品と違って、多くの日本製品はコンテンツを使って認知やイメージアップを図る必要性はそれほど高くはないだろう。ちなみに今、中国のブランドがハリウッド映画での露出を切望するのは上記のようなロジックである。
 韓国政府がコンテンツ産業の支援に大々的に乗り出していることを賞賛する声もよく耳にするが、それもちょっと考えてみる必要がありそうだ。貧困、格差、就職難、自殺など、日本以上に問題が山積している韓国社会で、直接生活に関わらないコンテンツ分野にカネがつぎ込まれることに対して、韓国の人々の反応はいかなるものなのだろうか。自分たちの文化的自尊心が充たされて満足できるものなのだろうか。このように、クールジャパンが韓流をモデルとするにしても、その前に検証すべき点は非常に多いように思われる。

11:57:09
 前回のエントリー「地上波放送ブラックアウトから2週間」でも取り上げた、アメリカ大手ケーブル会社・タイムワーナーケーブル(TWC)による地上波ネットワーク・CBSの再送信停止だが、揉めていた再送信料に関して両者が合意に達し、約1か月続いたブラックアウトが9月2日ようやく解除された。何百チャンネルあるケーブルテレビのラインアップから現在視聴率1位の地上波ネットワークが抜け落ちるという異常事態はなんとか終焉を迎え、ニューヨークやロサンゼルスのTWC契約者も再びCBSが見られるようになった。
 この夏、アメリカのメディア関係の雑誌などで大きく取り上げられた今回のブラックアウトだが、日本の視聴者にとっては所詮遠い外国の出来事だし、日本に直接影響がなさそうなこともあって、それほど報道されていないようだ。解除の件も日経新聞が簡潔に伝えているくらいだ。
 結局TWCとCBSのどちらが折れたかというと、TWC側であり、従って懸案だった再送信料収入の増加を勝ち取ったCBSを勝者とする報道をアメリカでは目にする。CBSはニューヨーク、ロサンゼルス、ダラスという巨大市場の320万世帯で、これまでTWCから払われていた1世帯当たり56セント(1か月あたり)の再送信料を一気に2ドルにまで引き上げることに成功したわけで、これだけで、これまで月に約179万ドルだったTWCからの収入が約640万ドルへ、実に250%の増加である。
 この1か月CBSを見ていると、やたらとこの件に関するスポットCMが流れていた。最初はただTWCを非難するような内容が多く、CBSが相当焦っているように見えた。CBSにすれば、約60%の世帯がケーブル経由でテレビを見ているアメリカにおける超重要なプラットフォームを失うわけだから、焦るのも無理はない。一方、TWCは「再送信料の額を不満に思うなら別にいい。CBSを排除するだけだ」と超然としている感じに見えた。ところがCBSは途中からスポットCMにおける攻撃点を変えてきていた。ちょうど秋は新しいドラマのシリーズに加えて、NFL(フットボールのプロリーグ戦)というキラーコンテンツの放送が始まるシーズンである。CBSは「このままではドラマやNFLが見られなくなりますよ。それが嫌なら、TWCを解約して、衛星放送やIPTVなど他の多チャンネルメディアへ切り替えよう」と訴え始めたのである。
 これはTWCにとっての泣き所をうまく突いていた。TWCに限らず、ケーブル各社は今日「コード・カッター」と呼ばれる解約者が続出していることに頭を抱えているわけで、最も触れられたくない点ともいえるだろう。解約の最大の原因は高すぎるケーブル契約料金だ。ところが、その高い契約料を引き起こす主要因となっているのは、今回問題になっているような各ネットワークへの支払いなのである。ケーブル会社にとっては、契約者離れは阻止したい、さりとて契約料の上昇は如何ともしがたい…これこそが現在彼らが抱えているジレンマである。同時に、消費者にとっては確かに今回のブラックアウトはケーブル契約の是非を見直す良い機会になったのかもしれない(一体、どれくらいのTWC契約者が離れたのか気になる点である)。
 でも、もう少し大局的に見るならば、CBSにとってもそれほど喜ぶべき結末ではないのかもしれない。CBSの増収分をだれが負担するのか。言うまでもなく、視聴者である。恐らく視聴者の間には「ああ、CBSが見られるようになってよかった」っていう安堵感よりも、「またケーブル料金が上がるんじゃないか」っていう不安感の方が大きいんじゃないだろうか。他のネットワークの中にも今回のCBS同様、配信料でゴネ始めるところも出てくるかもしれない。今回の件で、ケーブルであれ、ネットワークであれ、既存のテレビに対する視聴者のウンザリ感は増すだろう。
 競争促進は、公共の利益や多様性確保に並ぶ、アメリカのメディア政策の基本理念の1つである。元々、テレビメディア産業は地上波3大ネットワークの寡占状態にあったが、多チャンネル型ケーブルテレビが広がる中で、ネットワークの数が飛躍的に増え、3大ネットワークの地位は相対的に低下した。続いて多チャンネルサービスにおける独占的存在になったケーブルテレビに対して、衛星放送やIPTVといった多チャンネルメディアが競争相手となって成長してきた。過去15年ほどアメリカの放送メディアと向き合う中で、このような日本では見られない競争のダイナミックさに感心することは少なくなかったが、今回のブラックアウトのような件を目の当たりにすると、本来視聴者のための競争すべきプレイヤーたちが、視聴者不在のマネーゲームに血道をあげているというような、近年批判の対象となってきた点をあらためて思い知る。やっぱり結果的に「テレビはもういいや」という気分が蔓延しても不思議じゃない。同時に、アラカルトに見たいものだけを選んで対価を払うメディアの存在が、より貴重なものに思えてくる。

プロフィール

大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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