地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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10:32:00
 安倍首相自ら日本のテレビ番組の海外展開の重要性を力説したのは昨年5月のことだった。2012年度補正予算の170億円が投入され、番組輸出額を5年間で3倍にする目標が掲げられた。なぜ、そこまで国がテレビ番組の海外展開に熱心なのかというと、テレビ番組という大衆文化が日本のイメージ向上や、あるいは日本のブランド製品販売や観光客増加など、他産業への波及効果に寄与するという期待があるからである。日本のポップカルチャー全般を扱うクールジャパン政策にも同じような期待が見られるが、テレビ番組の海外展開も、文化交流的にも経済的にも素晴らしいことと捉えられているようである(ちなみに、テレビ番組輸出3倍増計画を聞いて考えたことは、当時のエントリー「成長戦略としてのテレビ番組輸出3倍増計画の心もとなさ」にまとめてあるので、ご覧下さい)。
 その後、昨年9月には、民放やNHK、広告代理店など15社・団体が共同で、日本の番組の輸出拡大を目指す「放送コンテンツ海外展開促進機構」を設立した。日本の放送局は長年にわたって、それぞれ独自にテレビ番組を海外に売ってきた経緯があるわけだが、それほど大きな成功があったわけではない。そこで、テレビ番組を海外諸国に売るために、官民挙げての大掛かりなオールジャパン体制が組まれたのである。国を挙げての取り組みだから、最近ではテレビ番組の海外展開に関して全国紙などでも取り上げられることも増えた。
 そんな中、今年に入って、日本のテレビ番組の海外展開に大きな動きがあった。まずは今月22日にスカパーがインドネシアで「WAKUWAKU JAPAN」という、24時間日本の番組を専門的に放送するチャンネルを立ち上げた(スカパーのプレスリリースはこちら)。総務省、経産省、観光庁などが関わる大掛かりなプロジェクトで、件の政府補正予算が字幕や吹き替えに使われる。開局に先駆けて行われた記者会見も大賑わいだったようだ。
 まるで、日本のテレビ番組の海外進出における新たな一歩のような注目のされ方だが、こういうチャンネルって、実はこれまでもアジア諸国に存在していた。日本の番組に対するニーズが高い台湾には以前から複数の日本番組専門チャンネルがあるし、意外なところでは、事実上地上波放送で日本のドラマやバラエティ番組が放送できない韓国にも存在する。このように、多チャンネルの1つとして、日本の番組を専門的に扱うチャンネルがあることは別に珍しい話ではない。日本主導のものでは、今から18年ほど前にTBSと住友商事が取り組んだシンガポールの「JET」(Japan Entertainment TV、後に台湾へ移行)があったし、今回のWAKUWAKU Japanに似た感じならば、今からちょうど1年前に電通と民放4局が中心になってシンガポールに設立された「Hello Japan」がある。
 でも、こういったチャンネルがきっかけで現地に日本ブームが巻き起こったなんて話はあまり聞かない。なぜかというと、これらのチャンネルはケーブルとか衛星放送で視聴可能な数多あるチャンネルの1つなわけだが、プラットフォームのリーチが小さい。先のシンガポールの日本番組専門チャンネルの場合、プラットフォームである現地のケーブルテレビでの視聴可能世帯は57万世帯である。今回のインドネシアの場合でも、WAKUWAKU JAPANが見られる衛星放送の契約世帯が200万である。それらの数を上限として、視聴者は数百のチャンネルに細分化される。日本番組専門チャンネルを見る層は一体どれくらいいるのだろうか。そもそも、チャンネルは認知されるのだろうか。アメリカのように多チャンネルが進むメディア環境では、各チャンネルは他チャンネルとの差別化のためにブランド戦略に注力するのが常だが、そういった面での取り組みも重要だと思われる。
 もう1つ懸念されるのは、日本の各放送局からどこまで魅力的なコンテンツが集まるか、という点である。当然ながら採算ベースを重視する各局にとって、日本番組専門チャンネルに優先的にコンテンツを出すインセンティブは必ずしも高くないかもしれない。さらに、潜在視聴者数が少ない中でどれだけ広告主が集まるか、逆に、広告収入に期待できないとして、魅力的なコンテンツが不足している中で課金システムが成立するか、など課題は多い。鳴り物入りで始まったシンガポールのHello Japanもコンテンツが集まらず、記念すべき開局記念番組が日本で6年前に放送が終わっている『ウルトラマン・メビウス』だと聞いた時には、なんか違うんじゃないかと感じた記憶がある。
 今回、インドネシアで始まるWAKUWAKU JAPANはどうだろうか。目を引くところでは『あまちゃん』とかJリーグ中継である。それらがインドネシアの視聴者にどの程度訴求するものなのかはわからない。ただ、日本から調達可能なコンテンツを単に並べているだけではなく、インドネシア視聴者の嗜好・関心、さらにチャンネルの使命である他産業への経済効果を勘案して番組編成をしているのだろうから、今後の成り行きに注目したい。そうそう、WAKUWAKU JAPAN開局を伝えたメディアには、その後もきちんと報道してもらいたい。コンテンツ海外展開話って始まる時は大きく報じても、その後どうなったのかぱったり情報が途絶えることが多い。
 一方、ベトナムからは、現地の地上波放送で日本企業が提供スポンサーになって日本のドラマが放送されているというニュースが入ってきた(朝日新聞「ドラマ輸出、CMもセットで 相乗効果で日本を売り込み」)。先のインドネシアの日本番組専門チャンネルとは異なり、ベトナムで多くの人に親しまれてきたチャンネルでの放送である。視聴者に予備知識も期待も乏しい外国のテレビ番組が短期間で注目を集めるためには、地上波放送のような圧倒的なリーチを誇るメディアに乗せることが最も有効であることは確かだろう。以前から指摘してきたとおり、『冬のソナタ』が日本で大きな注目を集めた要因として、NHKという日本代表するテレビメディアで放送され、また、そのNHKが大々的なプロモーションをしたことは大きい。
 では、上掲記事が注目している、番組の日本企業のCMとのセットはどうだろうか。最初に思ったのは、番組と提供スポンサーのマッチングが難しい上に、それを維持していくのも結構大変そうだなってことだった。こういった動きに賛同して、提供スポンサーに名乗りを上げる日本企業がどれくらいいて、しかもその中でも、番組のメイン視聴者を主なターゲットとする企業がどのくらいいるものなのだろうか。そう考えると、日本の番組を根付かせるため一時的措置のような気もする。仮に、日本の番組がベトナム視聴者に定着し、一定の人気を獲得できるようになれば、現地企業の中にも広告主になりたいという希望は増えるだろうし、日本企業にしても、別に日本の番組に限定しなくても、顧客と視聴者が合致する現地の番組(おまけに通常そちらの方が視聴率は高い)の提供スポンサーになればいいだけの話のように思える。 
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14:50:18
 放送・通信業界の動向に関心がある人は既にご存知だろうが、今月12日、アメリカの最大手ケーブル会社のコムキャストが第2位のタイムワーナーケーブル(TWC)の買収を発表した。株式交換による買収額は452億ドルで、昨年話題になったソフトバンクによるスプリント(アメリカ第3位の携帯電話会社)買収が216億ドルだったことからも、規模の大きさがわかる。買収が承認されれば、アメリカのケーブルテレビ市場の3割近いシェアを占めるだけでなく、ケーブルテレビに電話と高速インターネットを併せた、いわゆる「トリプルプレー」の約5割を扱う、巨大なブロードバンドインターネット・プロバイダーが誕生することになる。一方で、買収が独占禁止法に抵触すると判断される可能性もあり、買収そのものを懸念する声も聞こえ始めている。メディア企業の買収・合併に対してこのような否定的な声が起きることは珍しくなく、1990年代以降に加速した業界再編の中で何度も聞いてきたのだが、特に今回は日常生活に深く関わるテレビとインターネットにおけるキープレイヤー同士であり、消費者にとっての影響も大きいと考えられる。
 買収発表の翌日にThe New Yorkerに掲載された記事“We need real competition, not a cable-internet monopoly”によると、現在アメリカのブロードバンドインターネット環境は他の先進諸国に比べて著しく劣っていて、例えば、フランスでは「トリプルプレー」をアメリカの4分の1程度の料金で契約することができる上に、回線はダウンロードで10倍、アップロードで20倍の速さであるという。他にも韓国やスイスでは15~30ドルからトリプルプレー契約ができたり、イギリスでは多チャンネルサービスが無料だったりといった例が紹介され、アメリカでは他国に比べて大して質の高くないサービスに高いカネを払わされると述べている(ちなみに、我が家もアメリカでトリプルプレー契約をしているが、毎月126ドルも払っている)。そして、その理由として、アメリカのケーブルおよび通信産業での参入障害の高さと競争の少なさを挙げている。
 ケーブル会社は元々がCATV(コミュニティ・アンテナTV)という成り立ち上、それぞれの地域の事業者が運営していたのだが、90年代に入るとそれらを統合して運営する「MSO(Multiple Systems Operator)」と呼ばれる事業者が急増した。MSOはそれまで零細事業者が乱立していたケーブルテレビ業界を一変させ、規模の経済を活かした効率運営というビジネスモデルを確立した。このMSOの典型が今回の買収の主役であるコムキャストでありTWCである(ちなみに日本のケーブル最大手であるJ-COMもMSO)。いくつかのMSOを中心に90年代以降、ケーブル業界の統合・再編が進んだわけだが、問題はそれらMSOが各サービス提供地域で独占的に事業展開をしていて、他社との競争がほとんどないという点にある(消費者からすればケーブル会社選択の余地がない)。伝統的にケーブル会社は地方政府にフランチャイズを認められ、地域独占を享受してきたわけだが、結果として、不完全競争市場で競合に晒されることもなく、思いのままに料金をコントロールできる立場にあった。
 特にコムキャストはケーブル業界が統合・再編する中で資本を蓄えてきた会社という印象があり、株価は2009年からの5年間で実に5倍になっている。今回の買収が認められれば、全米の上位20市場のうち19市場をサービス対象地域として手中に収めることになる(各市場内で他者と営業区域を分け合っているケースがほとんどではあるが)。また一方で、コムキャストは昨年、巨大メディア複合企業であるNBCユニバーサル(全国放送ネットワークのNBCやユニバーサル映画を傘下に持つ)も完全子会社化している。現在行われているソチ五輪のアメリカでの独占放映権もNBCが取得しているので、実質的にはコムキャストのものであり、コムキャスト契約者はPCやタブレットなどでネット配信も楽しむことができる。今回のTWC買収により、コンテンツとアウトレットの垂直統合がさらに推し進められることになるだろう。
 今回の買収の大義としてコムキャスト側は、顧客に高度なサービスを提供するためにはインフラストラクチャーやコンテンツに積極的に投資できる資本力が必要であり、結局は公共の利益に適うだろうし、質の高いサービスのために料金の値上げはやむを得ないという。これらはメディア買収に際していつも聞かれる企業側の論理であるが、コンテンツに関してはそう言わざるを得ないと思い当たる点も確かにある。NBCユニバーサルという強力な番組供給事業者を傘下に収めていると言っても、コムキャストにすれば(無論、他のケーブル会社にとっても)同系列の企業が所有するコンテンツばかりを流すわけにはいかない。一方、番組供給事業者、例えば、他の大手メディア企業が所有するネットワークは当然、高い送信料を要求してくる。近年では、地上波放送再送信にかかる費用も急上昇しており、放送局とケーブル局で揉めるケースも発生している(詳しくは過去のエントリー「アメリカ・地上波放送ブラックアウトの結末」「ローカル局の弱みと有料テレビとの争い」をご覧下さい)。かつてのような「ケーブルテレビ=家庭に映像を届けるボトルネック」といった絶対的優位性が失われつつある中で、今回の買収はコンテンツホルダーとの交渉力につながると予想される。
 また、一部のMSOが巨大化することで競争が阻害されるという主張に対しても、当のケーブル関係者は自分たちが常に競争に晒されてきたと反論する。1992年のケーブルテレビ消費者保護・競争法では先述の市場上限規制がかけられ(これに猛反対したのもコムキャストで訴訟まで起こしている)、それ以降は常に衛星放送や通信会社、映像配信サービスとの競争を余儀なくされているというのである。今回の買収の背景に、若者ユーザーを中心としたケーブル離れ(詳しくは昨年のエントリー「アメリカのテレビ環境:ノーモア・ケーブルテレビ?」をご覧下さい)に対する焦りがあることは想像に難くない。巨大なインターネット・プロバイダーとして、ケーブル衰退の主要因とも言われるNetflixやAmazonの映像配信サービスをどのように扱うのかは気になる所だ。
 このような状況において、果たしてコムキャストのTWC買収が承認されるかどうかに注目が集まっている。司法省の反トラスト局は昨年、世界最大の航空会社誕生となったアメリカン航空とUSエアウェイズの合併を承認していることから、先のThe New Yorkerの記事では、大型買収に甘くなっているのではないかと疑義を呈している。一方、FCCは現在のトム・ウィーラー委員長がそもそも通信業界やケーブル業界のロビイストだった人物である。彼は最近のスピーチでも競争促進を政策の中心に置くことを明言している。競争促進は、公共の利益や多様性の確保と並び、アメリカにおけるメディア政策の基本理念の1つである。競争を重視する姿勢が今回のコムキャストによるTWC買収承認・不承認にどのように反映されるのか、注視したい。

10:41:20
 細胞生物学者・小保方晴子さんによるSTAP細胞作製成功に関する大手メディアの報道が物議を読んでいる。全国紙が、小保方さんの研究業績とは関係のなさそうな彼女のエピソード、つまり研究室で割烹着を着ていたり、壁にムーミンが貼られてあったりといった点を強調したことは、めいろま氏のブログ記事「一晩中泣き明かした30歳若手女性研究者と書く我が国にはゴシップ新聞しかないらしい」にまとめられている。1万回以上のtweetを記録していることからも、関心の高さ(そして恐らくブログ記事への賛同の多さ)が窺える。
 発見そのものにはあまり関係ない小保方さんのプロフィールが強調されている、さらには、送り手は女性を蔑視している、というめいろま氏の主張に対して、朝日新聞の古田大輔記者が個人的見解を述べている。実際には朝日新聞も、そして恐らく他の新聞も、小保方さんの人物像ばかりを強調していたわけではなく、むしろきちんと発見内容について報道していたようだ。だとすれば、今回の問題は「重要な研究成果(ニュースの幹の部分)を伝えなかったこと」ではなく、「主人公のプロフィール(ニュースの枝葉の部分)に焦点を当てすぎたかもしれないこと」になる。ニュースの主と従のバランスの問題とも言えそうだ。
 一方、テレビのニュース番組はどうだったのだろう。1月30日夜、いつものようにアメリカで半日遅れでNHKの夜7時のニュースを見ていた(その日の朝に日本と同時に放送されたものをDVRに録画・再生して夜に視聴)。スタジオの武田キャスターの第一声は「日本の理系女子、リケジョが世界をアッと驚かせました」。そして「リケジョ」という大きなテロップ。続いてVTRの映像は研究室での様子を映し出し、ナレーションは「実験では白衣ではなく割烹着」、「研究室はお気に入りのムーミンで一杯」。続いてVTRで紹介された本人のコメントで「研究をしていない時はペットの亀のお世話をしたり、お買い物に行ったり、温泉に入ったり、本を読んでいます。普通です」と、小保方さんの人物像紹介が続く。あくまで「どこにでもいる30歳の女性」が強調されつつ、そこに女子力(最近のNHKがいかにも好みそうなターム)の高さを表すようなエピソードを絡めてくる。
 その後、ナレーションで「自分を普通の女性と語る小保方さん。これまでの生物学の常識を覆す画期的な成果を挙げたのです」。番組開始からここまで約2分、VTRが始まってから約1分が過ぎている。STAP細胞の説明、研究者の驚きと称賛の声、海外ニュース報道の反応などが続き、ようやく彼女の偉業が伝わったが、6分過ぎたあたりで大学時代の話になり、ナレーションは「ラクロス部に所属し、オシャレにも気を使う活発な学生だった」と、また女子力がアップしそうなエピソードを絡めてきた。その後は、再生医療を志したきっかけ、STAP細胞の発想、研究での挫折と成功、そして今後の目標でVTRは〆られた。総尺で12分ほどである。全体的に見れば、難解なSTAP細胞の説明もきちんとされているし、国内外の研究者の声もよく拾っている。実はなかなかよくできたVTRなのだが、いわゆる「つかみ」に使われた彼女のエピソードの印象は強い。もし、そういったエピソードが最後に余談として紹介されたのであれば、印象は全く異なったものになっただろう。
 テレビ放送の場合、STAP細胞の説明や今回の発見を再生医療にどう活かせるかといった一般には馴染みの薄い事柄をわかりやすく説明しようにも時間が限られており、また、視聴者にとっては、新聞のように時間をかけて(場合によっては反復して)ニュースを読み解くことが難しく、さらに送り手が決めた順序で時間軸に沿って見ていくしかない。もちろん、そういったテレビメディアの特性を考慮した上で視聴者にニュースを伝えるのがプロの送り手だし、少なくとも上記のNHKニュースを見る限り、重要な部分を蔑にしているようにも見えなかった。しかし、このニュースに触れた視聴者にSTAP細胞作製成功に関して尋ねたら、結構多くの人が「ああ、割烹着の人が発見した…」とか「なんかリケジョが凄いことしたんだよね」とか、発見と直接は関係のない回答をしたかもしれない。これではニュースの本質は伝わっていないに等しい。
 先述のめいろま氏はブログで、海外諸国のニュースは小保方さんの発見はどういったもので、なぜ画期的なのかという点に焦点を絞っていて、発見と関係がない本人のプロフィールは伝えていないと述べる。実際にアメリカ3大ネットワークのニュースのサイトを確認すると、研究の成果や展望だけを伝えており、小保方さんの顔写真も載せていない。もちろん仮に割烹着やムーミンを挙げられても、多くのアメリカの視聴者にとって、そこから小保方さんの人物像を連想することは難しいわけだが、それ以前に、ニュースでは当事者に関する情報は必要最低限にとどめ(極端な場合、名前と所属だけ)、出来事と関連するものだけを伝えればいいという認識を送り手・受け手双方が共有しているようにも思える(ちなみに、ニュース以外の番組、例えばトークショーでは話題の人物のエピソードがトークのネタになったりする)。
 一方、日本にはアメリカとは異なるニューススタイルが存在する。めいろま氏は日本のニュースの特異性を挙げているけど、それはジャーナリズムの意義みたいなことだけで優劣を付けられるものではないというのも事実だろうと思う。日本の視聴者には現在のニューススタイルがウケるのだろうし、少なくとも、送り手はそのように信じているという点は留意する必要があると思う。例えば、一局だけ小保方さんのプロフィールには一切触れず、海外のニュースのように研究成果だけ伝えたとして、果たして視聴率が取れるだろうかという疑問が残るし、各局のニュース担当者がそのようなリスクの高い選択をするとは思えない。本来ならば視聴率競争と無縁であって然るべきNHKが小保方さんのエピソードを前面に出していることが、その証左だろう。前述の朝日新聞の古田記者も「(読者に)圧倒的に読まれ、シェアされるのは人物像の記事」と認めている。
 今回のSTAP細胞作製では、30歳女性という主人公がいて、「リケジョ」、「割烹着」、「女子力」みたいなキーワードがうまくはまった。逆に、人物像が見えないと、視聴者からは反感・戸惑いの声も起きそうである。「主体となる人がどんな人がわからないと、ニュースを見られない」、「親しみやすいエピソードがあれば、一層ニュースに入り込める」という視聴者は案外多いのかもしれない(1年前に起きたアルジェリアの人質拘束事件での実名報道でも同じように感じた)。外国の報道はそうではない、といったところで、日本の視聴者が慣れているのは日本のニューススタイルであり、日本のテレビメディアはそれを視聴者に涵養してきたと言ってもいい。
 つまり、人物像を彷彿とさせるエピソードを交えることが、日本のニュースである種の手法として定着しているのは、視聴者が求めるから、という考えに至る。今回の場合であれば、送り手の論理は「難解な研究の話ばかりだと、視聴者はついてこないかもしれない。だからニュースの主人公である研究者の親しみやすい一面のようなエピソードを絡めないと」ということだろう。恐らく番組制作者は、ニュースを伝えるうえで、そういった情報が枝葉であることは重々承知だ。しかし、視聴者を掴むには、そういった要素があった方が良いという考え方が、送り手に浸透しているとも考えられる。
 こういう話を突き詰めていくと、どうしても「視聴者のレベルが低いから、放送内容もそれに合せるように、わかりやすい内容を前面に出す」のか、「放送がわかりやすい内容ばかり優先するから、視聴者はそれに慣れてしまい、難解なものをますます敬遠するようになる」のかという、「ニワトリが先か卵が先か」みたいな話になってしまう。ニュースに限らず、バラエティ番組などでもこういった「テレビと視聴者の共犯関係」はよく指摘される。
 視聴者が見たがるものよりも、視聴者が知るべきものを優先するニュースであるべきというのはその通りなのだが、実際問題として、そういう指摘をするような人はもうそれほどテレビニュースに期待していないのではないのかという気もしないでもない。今回の小保方さんのSTAP細胞作製成功というニュースに苦情を呈する人だって、実は「もうあんまりテレビ見なくなった…」っていう人が多くて、逆にテレビのヘビーウォッチャーは、ああいった伝え方に慣れていたり、好きだったりして、違和感なくニュースを見ていたのかもしれない。でも、そうすると、ますます人々のテレビに対する態度の二極化は決定的になり、テレビは現存するテレビファンのニーズだけを満たせばいいことになり、変革は起きにくいということになるのか。

プロフィール

大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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