地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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23:05:03
 いくつかの大学でメディア関連の講義を行っている職業柄、大学生とテレビについて話す機会は多い。まず思うのは、彼らは基本的にはあまりテレビを見ていないということだ。ただ、それをもって「最近の若者のテレビ離れ」と言い切るのは見当はずれだと思う。昔も今も大学生をはじめとする若者は基本的にテレビを見ないものである。
 僕が大学生だったのは今から20年ほど前だったが、テレビを見まくってる奴は周りにいなかった。その頃はちょうどバブル期で、明るい世の中にはテレビより面白いものが溢れていたということはあったと思う。でも今の大学生も、それが遊びなのか、バイトなのか、それ以外の何かなのかはわからないが、家の外でやることは結構あって、結果的に家でテレビを見る時間は多くなさそうだ。高校までは大学受験を控えていたり、外で遊ぶ時間も金もなかったり、親がうるさかったりで、家にいる時間が結構長く、従ってテレビを見られる環境にいる時間が長いのだが、大学に入った途端、それまでとは異なる生活を送るようになり、多くは外に飛び出し、結果としてテレビを見る機会が減るのである。この点は昔も今も基本的には同じだと思う。そう考えれば、テレビ局の面接で入社希望の大学生が揃いも揃って「テレビ大好きで、見まくってます」とかいうのって、なんか嘘っぽいな…。
 当然ながら、人によってテレビを見る時間は大きく異なる。日本人は平均で3時間半テレビを見るとよく言われるが、その数字にはあまり意味はない。むしろ重要なことは、テレビの視聴時間は個人差が大きく、一般に在宅時間に比例しているということだろう。在宅時間が長い主婦や高齢者は視聴時間が多く、そしてそれとは逆に、在宅時間が短い会社員や大学生は必然的に少なくなる。大学生はテレビを見られる環境に身を置く時間が少ないのである。
 一方で、(冒頭の一文とは矛盾しているようだが)大学生は在宅時などテレビを見られるような時は、意外とテレビを見ているようにも感じられる。つまり、テレビを見られる時間自体はそんなに多くないけれど、そういう時は割とテレビを見ていたりする。圧倒的に深夜が多いだろうが、たまに朝や午後帯の情報番組やワイドショーも見ている。きっと彼らにとって、テレビは空いた時間に見るものって感じなのだろう。そのためだろうか、遊びにバイトに忙しいゴールデンタイムの番組は相対的にあまり見られていないような印象を受ける。
 実際のところ、大学生が見て面白い番組が今日多いのか少ないのかはよくわからない。ただ、彼らがあまり積極的に面白い番組を求めているようには見えないし、テレビに対する期待値自体がそもそも低いのかもしれない。面白い番組を求めているのなら、ゴールデンタイムは依然として若者向け番組が中心なので、仮にその時間に家にいないとしても、興味の引かれる番組をHDDに録画してタイムシフト視聴しそうなものだ。ところが、基本的にそういうことはしてない人が多い。ちなみにHDDを最も多用している人たちは中高年女性たちだと聞いたことがある。こういう人たちは「あれも見たい、裏番組のこれも見たい。どっちも絶対見逃したくない」というヘビー視聴者層なのだろうが、大学生たちがテレビに対してこのような情熱を持っているようには見えない。別にテレビが嫌いなわけではなく、あくまでたまたま家にいる時間に面白そうな番組があれば見てもいいかなというライト視聴者といった感じで、そして現実的には、1日の終わりの深夜、なんとなくボーっと見るのがテレビなのである。仮に現段階では進んでいないテレビ番組のネット配信が今後盛んになったとしても、そういった「ガシガシ検索して、見たいものを見つける」というスタイルに大学生はそれほど魅力を感じないかもしれない。
 いずれにせよ、大学生はあまり能動的視聴者といった感じはしない。しかもテレビに対して期待値が高くないから、テレビと真正面に向かい合って真剣に番組を見るという感じではない。最近よく指摘されるように、多くの大学生にとってテレビはケータイと同時に使うものなのである(厳密にはケータイはいつも手放せず、従ってテレビを見る時も当然ケータイ持って見るというのが正しいかも)。
 このような状態では、目はテレビ画面とケータイ画面を行ったり来たりしている。一応最初はテレビを見始めるが、つまらなければ気持ちはケータイへ向かう。ところが、目と違って、耳はずっとテレビからの音を聞いていて、テレビから何か面白そうな話題が聞こえてくれば、ケータイを見るのをやめて、視線を再びテレビに映す。こういう動きって、僕には学生時代にラジオの深夜番組を流しながら、試験勉強していたことなんかが思い出される。実際、ケータイいじりながら聴いているだけなら、テレビじゃなくてラジオでもいいんじゃないかとさえ思うのだが…。
 結局、ラジオにせよテレビにせよ、「ながら接触」ができるというメディア特性があるわけだが、テレビ番組には大きく2つの方向性が開けてくると思われる。1つは、なるべく長い時間、目をテレビに向けてくれるようなコンテンツを放送すること。極論を言えば、ケータイを持っていることを忘れさせるほどの視聴者が入り込んでしまう番組である。一瞬たりとも目が離せないような作りこんだドラマも、白熱した議論を展開する討論番組も、そういった「じっくり見てもらう系」コンテンツだろう。でも、深夜にボーっとテレビを見たいという生理に合うかどうかという問題はある。
 もう1つは、Twitter、Line、あるいは掲示板などで話題になったり、実況ネタになりそうな番組を放送することである。大事なのは、リアルな時間軸を共有する誰かと一緒に番組を見ているような擬似的感覚が得られることだろう(上述のテレビ番組のネット配信が大学生受けしなさそうという根拠はここにもある)。この場合、上の例とは逆に作りこむと逆効果で、むしろ真剣に見せないために適当なユルさ、ちょっとテレビを離れてケータイへ行き、また少しして戻れるような出入り自由なユルさが求められる。あとはツッコみどころがたくさんあることも重要だろう。そういった番組を作るには制作者側に才能とセンスが必要になってくる。現実に大学生が見るような深夜番組の多くは恐らく既にそういったことを意識した作りをしていると思われるのだが、こうなってくると、最早ケータイ・コミュニケーションが主で、テレビはそのためのエサ程度のものと言ってもいいのかもしれない。CMスポンサーなんかは、そういった動向をどう思っているのか知りたいところだ。
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大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
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