地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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23:29:24
 NHKのテレビ放送開始60周年を記念して2月1日に放送された『1000人が考える テレビ ミライ』。テレビ制作者らが1000人の視聴者と一緒にテレビの未来を討論するという趣旨の番組である。面白そうだったので、放送当日は出張中にもかかわらず、夜10時前にはホテルに戻り、リアルタイム視聴したが、なにか違和感が残った。そこで、自宅でHDに録画していたものを今日もう一度じっくり見てみたが、やはり違和感は払拭できなかった。
 民放では恐らく実現が難しそうな、こういった番組をNHKが放送することは大きな意義がある。しかしながら、スタジオにいる出演者の「こんな番組をやるなんてすごい。NHK大丈夫?」といったコメントを放送するのは鼻白む。NHKは2009年3月21日にも『どうなってしまう テレビのこれから』という、今回と似たような内容の番組を放送している。理解できないのは、その時に指摘・議論されたテレビの問題点、例えば視聴率とかネットとの関係とか番組の質とかがその後の数年でどう変容したのか、今回の放送で全く検証されなかった点である。前回同様、コメンテーターの中心も糸井重里さんなんだけどな…。数年に一度、定期的に「テレビを考えます」的な番組を作り、問題点をちょっと議論して「はい、終わり」だとすれば、今回の番組が掲げる「未来のテレビを切り開くための提言」も流しっぱなしになるのではと危惧してしまう。
 番組では1000人の視聴者がテレビ制作者たちの議論に意見を寄せ、投票に参加するというスタイルを取っているのだが、この1000人はどういう人たちなのか、「全国各地の20代から60代までのネットユーザー」という以外に説明はなく、どのように選ばれたのかも不明である。また、番組は事前録画されており、生放送ではないのだが、1000人のネットユーザーにはスタジオでのやり取りはどのように伝わっていたのだろうか。
 そもそも、この番組は主にどういう人たちに向けて作られた番組なのだろうか。①「テレビを好きな人orよく見ている人」は問題意識があまりないだろうから違うはず。②「テレビを好きじゃない人orほとんど見ていない人」も、金曜夜10時にこの手の番組を見るとは考えにくいので違うだろう。だとすると、③「テレビは嫌いじゃないけど、最近のテレビは…」みたいな、いわば「テレビで迷っている人」だろうか。でも、本当のところでは、最も見てほしいのは②じゃないだろうか。ここには若者層が多く含まれるだろうし、テレビの未来を語る以上、若い人にテレビに興味を持ってほしいと思うのは当然だ。
 ただし、もしそうだとしたら、番組の感じがあまり若い視聴者向けではなかったように感じた(個人視聴率がわからないので、結果的に番組をどういう層の人たちが見たのかわからないけど)。どういう点が若い視聴者向けではないように感じたかというと、全体的に予定調和な作りのように思えたからである。今日よく喧伝される「テレビ離れ」から始まり、最後は「でもやっぱテレビっていいよね」に流れるような構成がしっかり決まっていて、それに沿って作られているようだった。
 番組ではまず1000人のネットユーザーに「今のテレビに魅力を感じるか」を聞いたところ、感じない人が68%に上った。また、テレビ視聴時間が減った人が45%になったことを受け、見なくなった理由を尋ねたところ、「面白くない(51%)」、「見たい番組が減った(53%)」といった声が多かったことを紹介した。さらに「ないと困るもの」としてテレビ(22%)がパソコン(49%)や携帯電話・スマホ(24%)を下回ったことを紹介した。
 いずれも特に意外でもない結果だが、番組ではこれらの結果を受けて「テレビが面白くない」、そして「テレビがなくても困らない」を2つのテーマとして絞ることにした。確かにテレビが置かれている厳しい現状から番組を始めてはいるのだが、その割に緊張感がなく、明るいスタジオのせいもあるのだろうか、実際に「楽しく考えようよ」といったコメントも聞かれる。スタジオ参加の一般視聴者25人も、コメンテーターの意見に大層にうなずくリアクションが多く、真剣に議論を交わすような空気が醸成されない。番組制作者のテレビの将来に対する危機感があまり伝わってこない。
 「テレビが面白くない」という点に関しては、日本テレビ『電波少年』のプロデューサーだった土屋さんが「作り手の熱が足りない」と指摘しつつも、「今の制作者も熱は持っている」と言うので、よくわからなくなった。「既存のモノを乗り越えようとしないと面白いものは出てこない」は正論だが、バラエティ番組の企画はやや出尽くした感は否めない。新しいものを生むより、視聴者の飽きの方がはるかに早く進行しているのが現実だろう。
 続いて話題はドラマへ移る。ドラマは録画してしっかり見たいコンテンツの代表であるため、リアルタイム視聴重視という民放ビジネスモデルや、視聴率と作品の質といった、定番の議論がなされる(これは先述の4年前の番組でもかなり時間が割かれた部分である)。ただ、テレビ東京のドラマ・プロデューサーである山鹿さんが「視聴率よりも作ったものを見てほしい」と言ったのには感心した。作り手としては当然のマインドだと思うが、明言するテレビマンは少ない。
 番組では、制作者の主張後に「これからのテレビが面白くなると思うか」を尋ねたが、「ならない」は76%に達し、テレビ番組に対する期待はやはり低いのかなと思った。ところが、その矢先に糸井重里さんの「一緒になって良い方向へ向かおうという意思がスタジオにできてきた」というコメント。なぜそういう解釈になるのかよくわからないが、これを聞いた時、番組をどういうふうにまとめようとしているのか直感した。
 この後、ニュースや情報番組におけるネタの選定に関する話題があり、最後の質問が「テレビに未来はあると思うか」。すると「思う」が66%、「思わない」が34%で、スタジオでは拍手が巻き起こる。この逆転サヨナラHRみたいなのは一体何だ?それで、糸井さんの締めのコメントは「テレビ視聴は時代を共有できる故郷のようなもので絶対必要。テレビの方に向かってきていると思いたい」。前半部のような感覚は明らかに失われつつあると思うけど、このような「~すべき」といった情緒に訴えるようなメッセージしかないのだろうか?一方、番組が命題として掲げた「テレビがどう変われば人々の期待に応えるものになるか」という肝心な部分は僕には不得要領だった。
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Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
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