地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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09:32:04
 この春から在外研究の機会を得て、ニューヨーク大学で客員研究員を務めている。僕にとっては7年ぶりのアメリカ生活で、様々な面で変化に驚くことが多いのだが、その1つにテレビ環境がある。よく知られているようにアメリカはケーブルテレビの普及が進んだ国で、実際、日本のように屋根にアンテナが乱立しているような光景を目にすることはほとんどない。2012年のケーブルテレビ契約世帯は全体の60%ほどである。しかし、10年くらい前は70%を超えていたから、ここ10年くらいでケーブルテレビ離れが進んでいることがわかる。アメリカのメディア状況から遠ざかっていたので、ちょっとした驚きである。
 ケーブルテレビの落ち込みは、個人的に感慨深い。2000年代初頭、僕はアメリカの大学院に籍を置き、ケーブルテレビと番組の多様性をテーマに修士論文を書いた。変化の乏しい日本のテレビ放送産業と違って、アメリカのそれは非常にダイナミックなものに思えたが、ケーブル会社はその中心に位置していた。ケーブル会社の影響力の大きさは日本では想像しにくいものだが、アメリカでは地上波放送を行っているネットワーク(NBCやABCなど)でさえ、多くの人は再送信されたものをケーブル経由で視聴しているように、テレビ局の視聴者へのリーチはケーブル会社が握っているといってもいい状況が進んでいた。
 重要だと思うのは、地上波ネットワーク以外に数多くのケーブルチャンネルを家庭に届けるケーブルテレビが、アメリカのテレビにおける「番組の多様性」を実現してきたという点である。チャンネルをザッピングしていると、高尚なものから低俗なものまで様々な内容の番組が、そして時には英語以外の言語も流れてきて、なんとなくアメリカという国そのものを体現しているようにも思えた。実は、アメリカの地上波ネットワークも日本の地上波放送同様、横並び志向が強く、それぞれの時間帯に各局が似たような番組ばかり放送しているのだが、それに飽き足りない多くのアメリカの家庭では、有料のケーブルテレビと契約することが定着してきた。実際、何十チャンネルもあれば、自分の好みに合うチャンネルが1つくらいあるものだし(ケーブルチャンネルの中にはかなりターゲットを絞ったものが多い)、しかもケーブルチャンネルの多くは専門チャンネルだから、「自分の好きなタイプの番組を1日中放送している」という満足も得られる。カネを払って見たいものを得るのは、恐らく多くのアメリカ人にとっては当然の感覚なのだろうと思う。
 その一方で、アメリカのケーブルテレビは常に批判に晒されてきた。資本関係に基づく特定ケーブルチャンネルの扱い(同資本のものを囲い込み、他資本のものを冷遇)とか、サービスの悪さ(工事約束時間や請求額の間違い、苦情電話をかけても通じない等)とか問題は色々指摘されてきたが、最も批判の対象となるのは料金である。実際に今回、あらためてケーブル会社と契約して高すぎると思った。
 我が家の場合、ニューヨーク周辺一帯をフランチャイズにするケーブル会社・ケーブルビジョンと契約をしたのだが、バリューパック(地上波ネットワーク+ケーブルチャンネル70くらい)に月$40.05、ケーブル・セットトップボックスとリモコンに月$6.95、そしてオプションのTV Japanに月$24.95で、計$71.95を毎月テレビ視聴に払うことになる。なお、ケーブルビジョンとはテレビ以外に電話およびインターネットの契約もしているので(いわゆる「トリプルプレイ」)、毎月の支払いは$126.80(税別)になる。
 アメリカのケーブル料金は、かねてから消費者物価指数の上昇率以上と揶揄されていたのだが、さらに高騰している印象で、先述のように最近ではケーブル契約世帯数は減ってきているし、Cord cutとかCord neversなどのタームもよく使われている。では、ケーブル契約を打ち切った人たちはどのようにテレビ視聴をするのだろうか。
 1つは、ケーブルテレビ以外の多チャンネルメディアへの切り替えである。ケーブル会社は各地域で事実上の独占的フランチャイズ権を与えられており、消費者がケーブル会社を選択できるケースは稀である。しかし、以前と大きく異なるのは、ケーブルテレビ同様に何十~百のチャンネルを提供してくれるメディアが他に存在する点だ。具体的には衛星放送やIPTVである。実際に、2000年中盤からケーブルテレビ契約世帯が減り始めても、多チャンネルメディア契約世帯が増え続けていたのは、衛星放送やIPTVへスイッチする世帯が多いことの証左だろうし、2009年から2012年までのメディア別契約世帯数増減を見ても、ケーブル(MSO)の1人負けがよくわかる。
 その一方で、2012年にはそれまで右肩上がりだったものが初めて減少したとして、今後も多チャンネルメディア契約世帯数が減り続けることを予測するリポートもある。。多チャンネルメディアに契約して何十~百チャンネルが視聴可能でも、現実問題として常時見るのは4~5チャンネルくらいなものだろう。そのいくつかのチャンネルのために月に何十ドルも払っていたわけだが、今日のようにNetflixとかHuluなどの動画ストリーミングでコンテンツ単体にアクセスできるようになると、消費者にとってテレビチャンネルのバンドリング(何十ものチャンネルを1つのパッケージにして売る手法)はいかにも費用対効果が悪い。あるユーザーの「1番組を見るためにケーブルパッケージ契約するのは1曲聴くためにCDを買うようなもの」というコメントを目にしたが、もっともな意見である。また、ロングテールを実現した動画ストリーミングサービスの隆盛とともに、多様性に関する議論も影をひそめた感がある。
 近年、日本でも「テレビ離れ」が指摘されるように、見たいものだけを選択的に見るのは万国共通の視聴者願望なのだろうが、さらにアメリカの場合だと「見たくないものにまでなぜ金を払わなければならないのか」という気分が広まりつつあるのかもしれない。今後アメリカでケーブルテレビのみならず、多チャンネルメディア離れが加速するのか注視したいと思う。それと同時に、動画ストリーミングサービスの充実はおろか、多チャンネルメディアの普及状況でさえ先進国最低レベルの日本は、テレビ番組コンテンツの視聴環境としては間違いなく、アメリカの2周遅れぐらいになっているわけで、そちらも改善を期待したい。
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Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
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