地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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12:05:38
 今の若い人は知らないかもしれないが、1990年代、フジテレビの月9ドラマなど若者向け作品は台湾や香港の若者にも絶大な人気があった。彼の地で日本ドラマの作風や演出が新鮮だっただけでなく、木村拓哉らが演じる登場人物がライフスタイルを提示するモデル的役割を果たすなどと評されていた。もちろん、そこに描かれていたのはドラマタイズされた日本・日本人であり、多かれ少なかれ現実とは異なるものだが、その当時日本はクールだと思わせるような効力はあったのかもしれない。しかし、それらのドラマが台湾や香港で金を稼いでいたかというと、大きな儲けにはなっていなかった。ましてや、ドラマの影響で日本への旅行者が増えたり、ドラマに登場する製品が売れたりして日本経済に貢献したなどという話はあまり耳にした記憶がない。
 5月17日、安倍首相は成長戦略を発表し、その中で柱の1つとして「クールジャパン戦略」を挙げた。コンテンツ関連としては、2012年度の補正予算170億円に加え、 2013年度予算として官民ファンド創設に500億円を投入して、輸出を政府として支援する方針である。またしても、「なんでそんなことに公金をつぎ込むのか」という声が起きそうだが、いずれにせよ、そういう方向に進んでいる。数多あるコンテンツの中でも、とりわけ放送番組の海外展開に着目し、輸出額を5年後までに3倍増にすることを掲げている。近年の日本のテレビ番組の輸出額は70~80億円でほぼ横ばいが続いているので、2018年に200億円以上を目指すということになる。ジャンルの内訳を見ると、現状では輸出の多くはアニメ番組なのだが、今後はドラマなど実写番組に力点を置くようだ。
 安倍首相はテレビ番組輸出増計画がよほど気に入っているのか、先月の衆院予算委員会でも言及していて、「日本のテレビ番組を見た海外の視聴者から、日本のライフスタイルはクールだ、日本に行ってみようと思われる」、つまり、テレビ番組は日本人気を後押しし、最終的には他産業への経済波及効果があると見解を示している。具体例として、日本のある地方局の番組がフランスで流れ、そこで紹介されたきゃりーぱみゅぱみゅが人気を呼び、岡山のジーンズの売り上げ増加につながったことを取り上げ、テレビ番組が生む、このような効果を期待していると述べている。しかし、そのように首尾よく行けば良いとは思うものの、官僚が描いた根拠の薄い机上論に、むしろ「絵に描いた餅に終わらなければ良いが」と不安を覚えた。先月僕は「ポップカルチャーに過大な期待をしていいものか?」という記事を書いたが、今回の首相の一連の発言でも同じような感慨に浸った。つまり、「テレビ番組に過大な期待をしていいものか?」と。
 現在のところ、日本のほとんどの番組は国内市場向けに作られている。番組輸出額を3倍にしようと思ったら、まずはその部分を改革して、海外に売るための番組作りをしていかなければならなさそうなものだが、その可能性は低いだろう。なぜなら、海外向けに番組を作ってビジネスとして成功するという体験もビジョンも、日本のテレビ放送産業に決定的に欠けているからである。国内市場がシュリンクしている今だからこそ海外市場に行くべきという説はもっともなのだが、近年のように視聴率や広告収入の低下に苦しむ中で、敢えてそのような不確定要素の多い試みをする局があるだろうか。どちらかと言えば、キー局よりも地方局の方にまだ期待はできそうだが、その場合、輸出先で大きなムーブメントを起こすことは現実には難しいかもしれない。
 では、既存の番組販売方法で額を増やすことはできないのかというと、「これまでなぜ売れなかったのか?」、つまり、海外のバイヤーが日本の番組を買うことを躊躇ったのはなぜかを考えなければならない。以前に著書で多くの紙幅を使って論じたり、ブログでもいくつか関連記事(例えばこちら)を書いたが、売れなかった原因は大雑把にいって「コストパフォーマンスが悪い」という点に集約されると思う。よく言われるように権利処理は確かに複雑だが、ある程度時間とカネをかければ何とかなる。ただ、その分のコストが販売価格に反映されると価格競争で勝てない。しかも、安くもない上にネットでの配信権はない、出演者絡みのPRはダメ、再放送も制限付き…などとなれば、買う気も失せる。その一方で、別に日本の番組にプレミアム感があるわけではないので、差別化戦略も取れない。安倍首相もテレビ番組輸出のボトルネックとして権利関係の複雑さを指摘していたけれど(正直、そんなことまで首相が指摘する必要あるのかと思ったが、誰か側近の入り知恵か)、とにかく高コスト体質をなんとかしないと、海外市場で競争優位を得ることは難しい。
 しかも、日本側の販売窓口になるテレビ局だって、1話売って数万~数十万円程度の儲けでは、なかなか本腰を入れる事業にはなりにくいのが本音だろう。結局、どのような番組を売るにせよ、販売の主体となるテレビ局のモチベーションを高める必要があると思うのだが、一連の施策を見ていると、そういった部分があまり感じられないのである。こういうテーマで論じると割とよく勘違いされるのだが、テレビ局は別に文化交流の担い手として海外番販をしているわけじゃなくて、あくまで採算性に基づくビジネスとして行うわけで、これはNHKも例外ではない。仮に経済波及効果があるとしても、少なくとも近視眼的にはテレビ局にはそれほどメリットに感じられないだろう。
 あと、今回の政府のテレビ番組海外展開の施策を見てみると、番組のローカライズやプロモーション、国際共同制作への支援と並んで、海外放送枠の確保が打ち出されている。恐らく東南アジア諸国の現地メディアで日本の番組を流す枠を確保するということだろうが、この点に関しては注意深く行う必要がある。
 まず、現実的に日本の番組の買い手になりそうなのはケーブルチャンネルや衛星チャンネルだろうが、もし本気で現地で日本の番組を奇貨として日本ブームを起こしたいのならば、ケーブルや衛星で細々と番組を流すのではなく、地上波放送局を目指すべきである。日本で『冬のソナタ』が話題となったのは、作品の質云々よりも、NHKという日本で最も影響力のある放送局がプライムタイムに流すと同時に、大掛かりなプロモーションを仕掛けたことが大きかったと思う。その後、韓国ドラマが雪崩を打って入ってきたのである。それと同じようなことを今更日本が国を挙げてやろうとすることに違和感はあるが、総務省も経産省も韓流をモデルにすることに執心なので、理解される点だとは思う。
 ただし、どうやって収益を確保するかという点には疑問が残る。韓国ドラマの場合、東南アジアにタダ同然で配って、それがコンテンツ不足に手をこまねいていた現地メディアのニーズと合致した経緯があるが、日本市場という稼ぎ場所も確保していたので、前者では大した儲けにならなくても、韓国ドラマを大量に供給し続ける状況を作り出せた。一方、日本の番組には、韓国ドラマにとっての日本市場のような「稼ぎ頭」がない中で、どのように収益を確保していくのだろうか。
 あともう一点、日本政府がカネを払って海外の放送局に日本の番組を流させるという動きは、捉え方によっては、現地で文化帝国主義として批判の矢面に立たされる可能性もあるだろう。特に地上波放送であれば、尚更である。もしも同じことを中国や韓国でやれば、それこそ大騒動に発展しそうなことは明らかだが、東南アジア諸国ではそういった心配はないのだろうか。とにかく、非常に試算が甘いと言わざるを得ない経済波及効果もそうだが、数百億円も投入するならば、もう少しきちんと実証実験をやるなりした方がいいんじゃないかと思う。
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Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
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