地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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10:41:20
 細胞生物学者・小保方晴子さんによるSTAP細胞作製成功に関する大手メディアの報道が物議を読んでいる。全国紙が、小保方さんの研究業績とは関係のなさそうな彼女のエピソード、つまり研究室で割烹着を着ていたり、壁にムーミンが貼られてあったりといった点を強調したことは、めいろま氏のブログ記事「一晩中泣き明かした30歳若手女性研究者と書く我が国にはゴシップ新聞しかないらしい」にまとめられている。1万回以上のtweetを記録していることからも、関心の高さ(そして恐らくブログ記事への賛同の多さ)が窺える。
 発見そのものにはあまり関係ない小保方さんのプロフィールが強調されている、さらには、送り手は女性を蔑視している、というめいろま氏の主張に対して、朝日新聞の古田大輔記者が個人的見解を述べている。実際には朝日新聞も、そして恐らく他の新聞も、小保方さんの人物像ばかりを強調していたわけではなく、むしろきちんと発見内容について報道していたようだ。だとすれば、今回の問題は「重要な研究成果(ニュースの幹の部分)を伝えなかったこと」ではなく、「主人公のプロフィール(ニュースの枝葉の部分)に焦点を当てすぎたかもしれないこと」になる。ニュースの主と従のバランスの問題とも言えそうだ。
 一方、テレビのニュース番組はどうだったのだろう。1月30日夜、いつものようにアメリカで半日遅れでNHKの夜7時のニュースを見ていた(その日の朝に日本と同時に放送されたものをDVRに録画・再生して夜に視聴)。スタジオの武田キャスターの第一声は「日本の理系女子、リケジョが世界をアッと驚かせました」。そして「リケジョ」という大きなテロップ。続いてVTRの映像は研究室での様子を映し出し、ナレーションは「実験では白衣ではなく割烹着」、「研究室はお気に入りのムーミンで一杯」。続いてVTRで紹介された本人のコメントで「研究をしていない時はペットの亀のお世話をしたり、お買い物に行ったり、温泉に入ったり、本を読んでいます。普通です」と、小保方さんの人物像紹介が続く。あくまで「どこにでもいる30歳の女性」が強調されつつ、そこに女子力(最近のNHKがいかにも好みそうなターム)の高さを表すようなエピソードを絡めてくる。
 その後、ナレーションで「自分を普通の女性と語る小保方さん。これまでの生物学の常識を覆す画期的な成果を挙げたのです」。番組開始からここまで約2分、VTRが始まってから約1分が過ぎている。STAP細胞の説明、研究者の驚きと称賛の声、海外ニュース報道の反応などが続き、ようやく彼女の偉業が伝わったが、6分過ぎたあたりで大学時代の話になり、ナレーションは「ラクロス部に所属し、オシャレにも気を使う活発な学生だった」と、また女子力がアップしそうなエピソードを絡めてきた。その後は、再生医療を志したきっかけ、STAP細胞の発想、研究での挫折と成功、そして今後の目標でVTRは〆られた。総尺で12分ほどである。全体的に見れば、難解なSTAP細胞の説明もきちんとされているし、国内外の研究者の声もよく拾っている。実はなかなかよくできたVTRなのだが、いわゆる「つかみ」に使われた彼女のエピソードの印象は強い。もし、そういったエピソードが最後に余談として紹介されたのであれば、印象は全く異なったものになっただろう。
 テレビ放送の場合、STAP細胞の説明や今回の発見を再生医療にどう活かせるかといった一般には馴染みの薄い事柄をわかりやすく説明しようにも時間が限られており、また、視聴者にとっては、新聞のように時間をかけて(場合によっては反復して)ニュースを読み解くことが難しく、さらに送り手が決めた順序で時間軸に沿って見ていくしかない。もちろん、そういったテレビメディアの特性を考慮した上で視聴者にニュースを伝えるのがプロの送り手だし、少なくとも上記のNHKニュースを見る限り、重要な部分を蔑にしているようにも見えなかった。しかし、このニュースに触れた視聴者にSTAP細胞作製成功に関して尋ねたら、結構多くの人が「ああ、割烹着の人が発見した…」とか「なんかリケジョが凄いことしたんだよね」とか、発見と直接は関係のない回答をしたかもしれない。これではニュースの本質は伝わっていないに等しい。
 先述のめいろま氏はブログで、海外諸国のニュースは小保方さんの発見はどういったもので、なぜ画期的なのかという点に焦点を絞っていて、発見と関係がない本人のプロフィールは伝えていないと述べる。実際にアメリカ3大ネットワークのニュースのサイトを確認すると、研究の成果や展望だけを伝えており、小保方さんの顔写真も載せていない。もちろん仮に割烹着やムーミンを挙げられても、多くのアメリカの視聴者にとって、そこから小保方さんの人物像を連想することは難しいわけだが、それ以前に、ニュースでは当事者に関する情報は必要最低限にとどめ(極端な場合、名前と所属だけ)、出来事と関連するものだけを伝えればいいという認識を送り手・受け手双方が共有しているようにも思える(ちなみに、ニュース以外の番組、例えばトークショーでは話題の人物のエピソードがトークのネタになったりする)。
 一方、日本にはアメリカとは異なるニューススタイルが存在する。めいろま氏は日本のニュースの特異性を挙げているけど、それはジャーナリズムの意義みたいなことだけで優劣を付けられるものではないというのも事実だろうと思う。日本の視聴者には現在のニューススタイルがウケるのだろうし、少なくとも、送り手はそのように信じているという点は留意する必要があると思う。例えば、一局だけ小保方さんのプロフィールには一切触れず、海外のニュースのように研究成果だけ伝えたとして、果たして視聴率が取れるだろうかという疑問が残るし、各局のニュース担当者がそのようなリスクの高い選択をするとは思えない。本来ならば視聴率競争と無縁であって然るべきNHKが小保方さんのエピソードを前面に出していることが、その証左だろう。前述の朝日新聞の古田記者も「(読者に)圧倒的に読まれ、シェアされるのは人物像の記事」と認めている。
 今回のSTAP細胞作製では、30歳女性という主人公がいて、「リケジョ」、「割烹着」、「女子力」みたいなキーワードがうまくはまった。逆に、人物像が見えないと、視聴者からは反感・戸惑いの声も起きそうである。「主体となる人がどんな人がわからないと、ニュースを見られない」、「親しみやすいエピソードがあれば、一層ニュースに入り込める」という視聴者は案外多いのかもしれない(1年前に起きたアルジェリアの人質拘束事件での実名報道でも同じように感じた)。外国の報道はそうではない、といったところで、日本の視聴者が慣れているのは日本のニューススタイルであり、日本のテレビメディアはそれを視聴者に涵養してきたと言ってもいい。
 つまり、人物像を彷彿とさせるエピソードを交えることが、日本のニュースである種の手法として定着しているのは、視聴者が求めるから、という考えに至る。今回の場合であれば、送り手の論理は「難解な研究の話ばかりだと、視聴者はついてこないかもしれない。だからニュースの主人公である研究者の親しみやすい一面のようなエピソードを絡めないと」ということだろう。恐らく番組制作者は、ニュースを伝えるうえで、そういった情報が枝葉であることは重々承知だ。しかし、視聴者を掴むには、そういった要素があった方が良いという考え方が、送り手に浸透しているとも考えられる。
 こういう話を突き詰めていくと、どうしても「視聴者のレベルが低いから、放送内容もそれに合せるように、わかりやすい内容を前面に出す」のか、「放送がわかりやすい内容ばかり優先するから、視聴者はそれに慣れてしまい、難解なものをますます敬遠するようになる」のかという、「ニワトリが先か卵が先か」みたいな話になってしまう。ニュースに限らず、バラエティ番組などでもこういった「テレビと視聴者の共犯関係」はよく指摘される。
 視聴者が見たがるものよりも、視聴者が知るべきものを優先するニュースであるべきというのはその通りなのだが、実際問題として、そういう指摘をするような人はもうそれほどテレビニュースに期待していないのではないのかという気もしないでもない。今回の小保方さんのSTAP細胞作製成功というニュースに苦情を呈する人だって、実は「もうあんまりテレビ見なくなった…」っていう人が多くて、逆にテレビのヘビーウォッチャーは、ああいった伝え方に慣れていたり、好きだったりして、違和感なくニュースを見ていたのかもしれない。でも、そうすると、ますます人々のテレビに対する態度の二極化は決定的になり、テレビは現存するテレビファンのニーズだけを満たせばいいことになり、変革は起きにくいということになるのか。
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大場吾郎

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
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