地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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18:08:10
 今年の夏、『ドラえもん』が全米で放送開始される(日本経済新聞「ドラえもん、全米デビューへ」)。日本を代表するテレビアニメである『ドラえもん』はこれまで35の国と地域で放送され、東アジアや東南アジアでも高い人気を誇るので、これまでアメリカで放送されていなかったことを意外に思った人もいたかもしれない。同じく日本を代表するテレビアニメである『ポケットモンスター』がアメリカでは大人気だったわけで、「日本のアニメが世界を席巻」と言っても、実は国・地域によってアニメ作品の受容が異なることを実感する。
 アメリカでの放送は、現地の文化や習慣に合わせて、登場人物の呼称やドラえもんが出す道具、ストーリーの一部を変えるという。登場人物(例えば「のび太」が「ノビー」)や道具(例えば「どこでもドア」が「エニーウェアドア」)は、アメリカの子供が親しむためには当然必要になるだろう。アニメ放送にさきがけて配信されている電子書籍版では、「どら焼き」が「パイ」に変更されていると言うし。気になるのはストーリーをどのように変えるのかという点である。
 では、なぜこれまでアメリカで放送されなかったのかという点について、先に引用した日経新聞は「強いヒーローを望む米国との文化的ギャップや権利調整などが壁となり、米国では未放映だった」と伝える。権利調整の部分は部外者にはわからないが、前半の強いヒーロー云々といった話は、実はこれまでもまことしやかに語られてきた。別にアメリカで人気の高いアニメーション作品に強いヒーローの登場が必須と言うわけではないだろうが、のび太が困難にぶつかるとドラえもんに頼るという定型パターンが、アメリカの子供たちにというよりも、実質的に子供番組のチャンネル権を持つアメリカの親層に受け入れられないといった話は真実味があった。確かにアメリカでは幼い頃から自立や独立が重んじられるし、問題を自分で解決することが尊ばれる。そういった教育方針を持つ親にとって、のび太の姿勢は肯定的に捉えられないと判断されてきたのかもしれない。でも、のび太がドラえもんに頼ることなくしては作品が成立しないようにも思える。
 ストーリーに関しては他にも気になる点がある。『ドラえもん』がアメリカで放送開始されると言う話自体は、僕はちょっと前に関係者から聞いていたのだが、その時の話だと、のび太がジャイアンにいじめられるシーンもNGらしいということだった。何かを強要することは問題ありだし、殴る・蹴るといったシーンに至っては暴力シーンと捉えられる可能性もある。さらに、そうやっていじめられても、のび太とジャイアンが友達同士であることも、なかなか理解しづらいかもしれない。ジャイアンのような問題のある子とは付き合わないようにするとか、何かしら対処が必要なのではないかと思われかねない。ただ、そのようなのび太とジャイアンの関係が『ドラえもん』の重要なポイントになっていることは間違いないし、それなしでストーリーが成立するのかという気もする。
 今回アメリカで『ドラえもん』を放送するのは、ディズニーの子供向けチャンネル「ディズニーDX」である。世界共通のウォルト・ディズニーのフィロソフィーは「夢は叶う」であり、それは映画はもちろん、ディズニー関連のチャンネルで放送される番組にも具現化されている。ただし、他力本願ではなく、あくまで自分の努力で夢が叶うことが重要である。また、人を傷つけたりするような内容や描写は、ディズニー・ブランドの下ではタブーとされている。これらの点を併せて考えると、先述のシーンに対してディズニー側が神経質になるのもわからないではない。
 さて、あともう一点気になるのは、しずかちゃん絡みの描写である。かなり有名な話だが、しずかちゃんは風呂好きで、入浴シーンも多い(ちなみにNaverまとめの「しずかちゃんの入浴シーンまとめ」)。しずかちゃんの入浴を想像したり、覗こうとするのび太の描写も含めて、アメリカじゃ放送は恐らくNG。
 このように、『ドラえもん』の根幹を成す設定がアメリカでは受け入れられにくいかもしれないという懸念はある(まあ、しずかちゃん入浴は根幹ではないけど)。ただし、そういった部分は結局、描写の程度問題だし、ドラえもんへの依存やジャイアンのいじめが比較的緩いエピソードを選んで放送すれば、なんとかなるのかもしれない。その意味では、ストーリーの「修正」の問題ではなく、ストーリーの「選択」の問題のように思える。
 アメリカでは全てのテレビ番組は内容によって「全ての子供向け(TV-Y)」とか「7歳以上の子供向け(TV-Y7)」とか「親の指導が強く勧められる番組(TV-PG)」というふうに7つの階級に分けられ、レーティングが付けられている。さらに、暴力(V)や性描写(S)シーンを含む場合は、それらが想像上のものであっても表記される。表現の自由が認められているので、そういった描写を規制・排除することは少なく、子供の目に触れさせる・させないはあくまで親に委ねられている。ただ、ディズニーの子供向けチャンネルであれば、親にとって安心感のない番組を流すこと自体がまずありえないと思うので、その意味でも基準に抵触しそうなシーンを含むエピソードは避けられる可能性が高い。まあ、一話完結が基本なので、それでも問題はなさそうである。
 今回の『ドラえもん』放送は、アメリカでのリメイクではない。かつて『鉄腕アトム』のハリウッド版を作る時にアメリカ側がオリジナルとは随分とかけ離れたアトムのデザインを提示して手塚プロ側を困惑させたという話もあったが、今回の『ドラえもん』に関してはそういった心配はない。ディズニーによるリメイクだと、最初は弱かったのび太が逞しく成長していく過程が強調されたりしそうで、そうするとやっぱり『ドラえもん』ではないような気がする。
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Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
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