地殻変動が起きているメディア環境を観察し、そこで流通するコンテンツを批評
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21:23:28
 「クールジャパン」の御旗のもと、関係省庁がコンテンツ産業の振興や海外展開を支援し始めて久しいが、焦点は「コンテンツそのものを売る」から「コンテンツで何かを売る」へと変わりつつあるようだ。つまり、純粋なコンテンツ産業振興というよりも、コンテンツが他の産業へもたらす経済波及効果に軸足が置かれるようになってきている。現に経済産業省や総務省のレポートでは、その点を強調したものが多く見受けられるし、前エントリーでも触れた情報通信学会主催のフォーラムでもこの点が論じられていた。
 このような変化自体はやむを得ないと思える。民主党政権下では、経産省にせよ総務省にせよ、コンテンツ産業関連の予算が付きにくい状況になっているという(自民党政権末期に得た予算も政権交代後に執行停止に遭ったらしい…)。内憂外患、様々な問題を抱える日本国にとって、公金を投入すべきところは他にいくらでもあることに加えて、コンテンツは所詮娯楽であり、それが海外で売れたところで国民の生活には大した影響はないという考えは広く共有されるものだろう。そこで、幅広く日本経済に貢献するという意味で、関係省庁としてはコンテンツの幅広い波及効果を前面に打ち出さざるを得ないのである。
 では、コンテンツの経済波及効果とは一体どのようなものだろうか。最もわかりやすいのは、コンテンツを消費した人がコンテンツに登場する製品を購入したり、サービスを体験するようなことだろう。他には、コンテンツの舞台となった場所を海外から観光客が訪れるインバウンドもある。
 映画やドラマの中に商品を登場させる手法は「プロダクト・プレイスメント」と呼ばれるもので、その歴史は古い。海外市場での効果に絞ると、第二次大戦直後からアメリカの映画産業では、 “Trade Follows the Films(貿易は映画に続く)”という言い回しが喧伝されていた。洋服や電化製品、食品などのアメリカ製品をふんだんに取り入れた映画を輸出することによって、一般製品の貿易振興に役立てるという意味である。しかし、この論理は今日考えると、稚拙な感じがする。ハリウッド映画の劇中で魅力的に描かれた製品は人々の購買意欲を刺激はしただろうが、当時のアメリカと他国の経済力の圧倒的な差を考えると、(モノにもよるが)実際に購入できる層がどれくらいいたのか疑わしいし、それ以前に、多くの国ではそれら製品は流通さえしていなかったと考えられる。アメリカの物質的豊かさを伝えるという意味では有効な手立てではあったが、実際の売上にどの程度貢献したかは定かではない。
 翻って今日、経産省や総務省は何を根拠に、日本製コンテンツが海外市場における消費財の需要を高めうると主張するのだろうか。彼らが拠るものはたった1つ、韓国製コンテンツ(韓流)である。実際、彼らのレポートには必ずと言ってよいほど、成功事例として韓流が取り上げられ、日本のコンテンツ展開も見習うべきだという言説が目立つ。元々は、恐らくジョセフ・ナイの『ソフト・パワー』あたりに影響された、韓国のコンテンツ振興に関わる組織や団体が喧伝していた話の受け売りなのだが、日本のメディアもこれに盲従し、日本経済新聞などは何度も繰り返し報道している。「韓国ドラマやK-POPといった個々のコンテンツのヒットが、ヒュンダイの自動車、サムスンやLGの家電製品といった産業界全体の躍進に結び付いた」という類の話である。
 しかし、彼らが賞賛してやまない韓流による韓国製品販売増加への貢献は、疑わしい点も多い。例えば、韓流の最大市場である日本で韓国メーカーの消費財が売れているという話はあまり聞いたことがない。唯一のヒット商品と言えそうなのはサムスンのギャラクシーだろうが、多くのユーザーは別に韓流コンテンツに魅了されて購入したわけじゃないだろう。一方、僕が2006年まで住んでいたアメリカでは、一般に韓国の電化製品や自動車は「安い割には性能が良い」という評価で、日本製に手が届かない人が主な購入者層だったが、韓流は全く広まっていなかった。恐らく、視聴者の目が肥えた成熟市場では、コンテンツを奇貨とした製品マーケティングの効用は大きくないと考えられるし、それは日本が仕掛けても同じだろう。
 では、新興市場や潜在市場ではどうだろうか。韓国ドラマは東南アジア諸国で無償あるいは安価で現地の放送局に提供されていた経緯があり、実際に視聴者にも受け入れられている。また同時に、現地市場で多種多様な韓国製品が売れていることも事実だろう。しかし、具体的にどこの国でどういうコンテンツの影響で何が売れたという話はあまり聞かないし、韓流受容と韓国製品購入という2つの事象の間に相関関係があるのかは実のところ、よくわからない(たまたま韓流が広まったのと、他の何らかの理由で韓国製品が売れたのが同じ時期だっただけということも考えうる)。ましてや、韓流受容が独立変数となって韓国製品購入という結果に結びつく因果関係が、きちんとした調査を通して科学的に立証されているわけではないようだ。
 当然ながら、人はモノを買う時、様々な事実や記憶、感情などを掘り起こして判断する。特に耐久消費財などの高額商品であればあるほど、様々な要因を顧慮して購入を決定するものである。「ある国のコンテンツが、その国の製品の販売増加に寄与する」という一見興味深いモデルがこれまでマーケティングの研究者に顧みられることが少なかったのも、製品購入決定までの複雑なメカニズムを排除した、短絡的な感じがするからではないだろうか。まあ難しい話は抜きにしても、誰だってちょっと考えれば「そんなにうまいこと行くのかな…」と思いそうな話である。ところが、日本のコンテンツ振興関係者やメディアはそれを無批判に受け入れ、十分に検証していないように見受けられる。
 また、韓流の後追いをしようとする戦略にも疑問が残る。恐らく、メディアを通して流される韓流コンテンツによって、それまで知られていなかった韓国という国が多くの新興市場で認知され、関心を持たれるようになったことは確かだと思う。ただ、既に多くの国である程度のプレゼンスを確立している日本が韓国と同じ手法を採用しなければならない理由が不明である。日本にとって新興市場で韓国が競争相手になることは間違いないだろうが、コンテンツを活用して自国製品のプロモーションを行うにしても、条件も資源も異なるのだから、当然異なる戦略が策定されて然るべきではないだろうか。

23:14:57
 今年4月にAdobeが発表した、米英仏独日の1000名ずつ計5000名を対象に行ったアンケート調査で、日本は「世界一クリエイティブな国」に選ばれた(http://agora-web.jp/archives/1478863.html)。面白いのは、日本のクリエイティビティが国内よりも諸外国で高く評価されている点であり、実際、日本は参加5か国の総合では「最もクリエイティブ」と評価されたものの、内訳を見ると自己評価は低く、「自国がクリエイティブ」と答えた人の割合はトップのアメリカの52%に対してわずか19%で、5か国中最下位だった。まあ、自分に厳しいのは日本人らしいと言えば日本人らしいとも思えるのだが、なぜ日本人は日本のクリエイティビティに気づいていないのか(あるいは認めていないのか)を考えてみたい。
 まず考えられるのは、日本人の多くが日本のクリエイティビティを実感する機会が少なく、気づいていないということ。例えば、北米や西欧、東・東南アジアである一定期間生活した経験や、そういった地域出身者と接する機会があれば、特に意識しなくても日本のポップカルチャー(アニメ、マンガ、J-POP、ファッション、食etc)が現地で受容・浸透していることを実感する機会も多いだろう。もちろんクリエイティブだから日本のポップカルチャーが受け入れられているとは限らないが、人気の理由を現地で外国人に尋ねてみれば、このアンケート調査に現れているように「クリエイティブだから」という声を多く聞くことはできるだろう。さらに重要なのは、外国生活を経験すれば、外国のポップカルチャーと日本のそれを実際に相対化する機会に恵まれるため、結果として日本のポップカルチャーのクリエイティビティに気づかされる。僕はこれまで割とこのように「日本人ってよくこんなこと考え出せるな」と感じることが多かった。
 次に、日本のクリエイティビティを認めないという考え方である。例えば、日本のポップカルチャーの多くは元来、欧米にその起源をもつものも多く、それを日本風にアレンジしたものであるがゆえ、オリジナルである欧米のものに比して下位に属すると考える人はいるだろう。また、そもそもポップカルチャー自体を価値のないものと考える人も高齢者を中心に依然存在すると思われるが、実はポップカルチャーを支える若年オタク層にもそういう考えの人はいるかもしれない。オタクの特性として大澤真幸は「アイロニカルな没入」を挙げるが、その根底にあるのは、アニメやゲーム、マンガやアイドルといったものにハマる一方で、社会的規範に基づいた場合のそれらの意味のなさや価値の低さへの自覚であると指摘する(『電子メディア論』、1995年)。「客観的に見れば日本のポップカルチャーは取るに足らないものであり、そんなものを好む自分が特殊なのであって、世間一般では認められないだろう」という、ある種の自虐的態度はオタク層に特有なものである。日本のポップカルチャーを否定するのであれば、当然そこにクリエイティビティは見出しにくい。
 最後に、日本のメディアが日本のクリエイティビティをきちんと伝えないことが考えられる。過去10年くらいの間、「クールジャパン」なる言葉が喧伝されるようになるにつれて、海外での日本のポップカルチャーの人気をリポートする記事や特集は増えたと思われるが、日本のメディアが取り上げる場合、上記のとおり、その魅力を日本人記者が理解できないこともあって、「なぜ!?」みたいな懐疑的な内容のものが少なくなかった。むしろ逆に、海外のメディアの方がきちんとその魅力について分析・報道をしてきた感がある。結果として前者を眼にする日本人読者らには日本のクリエイティビティが伝わらず、後者を眼にする外国人読者らには理解されてきたのかもしれない。日本のメディアだって、日本のポップカルチャーの海外での受容が自分たちの収益に直結するならば、提灯記事みたいなものも含めて、「日本のポップカルチャーはクリエイティブ」などと褒めちぎるはずだが、概して彼らは海外市場展開には熱心じゃないし、そもそも日本人消費者に向けてアピールするインセンティブがない。それよりは自分たちのビジネスに直結する外国製コンテンツの魅力を日本市場で伝えることに血道を上げるのだろう(韓国ドラマやK-POPの持ち上げ方を見ればわかる)。

22:56:54
 先月24日、経済産業省がクールジャパン戦略推進事業として採択された15案件を発表した(http://www.advertimes.com/20120724/article77385/)。これは9.2億円の予算を付けて、企業やクリエイター等の海外市場への展開を支援するもので、大きく分けて、1. 流通企業やデベロッパー等との連携、2. コンテンツを活用した連携、そして3. 地域資源の活用という3つの柱があり、各案件はそれらのいずれかに分類されている。ちなみに、提案された事業の現地イベントの費用や物品などの輸送費、広告費、人件費などが、経産省の事業委託費として拠出されるらしい。以下では、個人的に気になる「コンテンツを活用した連携」5案件を見てみる。
 まずはビープラッツの「VOCALOID TransPacificプロジェクト:VOCALOIDを活用した音楽ビジネス基盤創出プロジェクト」である。ビープラッツと言えばVOCALOID STOREを運営している会社だが、英語版VOCALOIDの販売に併せて、アメリカ西海岸及びハワイでボカロ・コンテンツを発表したり、配信・放送したり、あるいはプロモーションするためのプラットフォームを整備し、併せて関連グッズ販売やコラボレーションを推進する。海外でのボカロ関連事業はすでに中国や台湾で展開されているが、アメリカでも去年LAでMIKUNOPOLISが開催されたり(なかなかいいライブだった)、この春には初のボカロ専門WEBマガジンが発刊されているので、市場のポテンシャルは高いのかもしれない。
 次にBSフジの「インド市場 ジャパコン・キッズTV事業」。これはインドの子供層をターゲットに、インド国内のテレビ局と連携して「ジャパコン・キッズTV」を放送するとともに、関連商品(玩具、文具、子供用製品、アパレルなど)の販売を促進する。インドと言えば独自の巨大メディアコンテンツ市場が存在するわけだが、かつてSTAR TVがアジア市場を中華文化圏とインド文化圏に二分したように、日本のコンテンツが入っていくのは難しいイメージがある。子供向けのコンテンツがどういうものか具体的にはわからないが、インドで『巨人の星』を野球からクリケットに設定を変えてリメイクしたことが話題になったように、徹底したローカライゼーションが必要だと思われる。
 3つめは、シネコンを運営する東映系大手映画興行会社ティ・ジョイの「日本のコンテンツのためのニュー・アジアン・プラットフォーム」。日本のコンテンツを国内とほぼ同時期に香港・中国で公開しつつ、現地の映画館を中心に常設ショップを設置し、グッズやその他物販を行うというプロジェクトである。すでに中華圏で多くのシネコンを運営する大手映画会社オレンジスカイと提携しており、今後は中華圏全域の映画配給ネットワークの発展を目指す。日本映画にとってのアジア市場、そしてアジア映画にとっての日本市場が互いに重要度が高まる中、配給と映画館をマッチングし、コンテンツ共有とアウトレット確保に大きく役立てることで、国際映画流通の効率化を狙うのだろう。
 4つめは、「『料理の鉄人~Iron Chef』等日本のコンテンツを梃子にしたインドネシア日本食産業」で、インキュベーションインドネシア総合研究所によるもの。フジテレビの『料理の鉄人』はかつてアメリカでも大人気で、日本語版に飽き足らず、フォーマット販売され、アメリカ現地版まで作られていた。そのインドネシア版というわけだが、恐らく要点は日本の外食産業が絡んで、日本食の普及に役立てようとしている点だろうか。インドネシアは人口の上では巨大市場だが、これまで日本のポップカルチャーの浸透はそれほど盛んでなかったように見受けられる。ただ、AKB48初の海外姉妹グループJKT48が作られたり、現在注目を集める市場なのだろう。
 最後に、トヨタモーターセールス&マーケティングによる「クールジャパン流コンテンツ×車による相乗的プロモーション」で、タイを対象とする。「コンテンツと車のコラボレーションが目新しい」と評価されたらしい。いわゆるブランデッド・エンターテインメントだろうか。宣伝は今後、これまでのテレビCM的なプッシュ型から、よりコンテンツ化したプル型へと移行していくといった話をよく耳にする。しかし、例えばプロダクトプレイスメントなんかはアメリカの映画産業が伝統的に得意としてきた手法だが、日本では否定的な見方が少なくなかった。ノウハウが蓄積されていない状況で、いかも海外市場でこういったプロジェクトがどれくらい功を奏すのか、個人的には最も関心が高い案件ではある。
 全体を通してみるとハッキリわかるのだが、単体のコンテンツを特定市場でどのように流通させ、収益を上げるかといったプロジェクトはなく、全て関連事業が結びついたものになっている。最初の3つはコンテンツ×関連キャラクターグッズなどの消費財であり、4つ目はコンテンツ×食、そして最後のものはコンテンツ×車である。つまり、実はコンテンツが主ではなくて、それを取っ掛かりにして各種の財・サービスの市場を生み出そうというのがあくまで真の狙いなのである。まあ、それくらいの経済波及効果が見込める事業じゃないと、コンテンツだけでは予算付けるといってもなかなか理解は得られにくいだろうしね。

22:19:05
 今週の「Newsweek」のカヴァーストーリーは「息切れクールジャパン」。日本のポップカルチャーの海外展開に陰りが見え始めているという内容。

 日本のポップカルチャーがアメリカに広がり始めていると僕が実感したのは1997年、当時勤務していたテレビ局の研修で彼の地へ留学をしていた時だった。アメリカの街にはカートゥーンやらトレカやらTシャツやらを売るようなゴチャゴチャしたサブカル系の店がよくあるのだが、そこで日本のアニメキャラのグッズなんかが目についた。そういったムーヴメントは2001年に再びアメリカで住み始めた頃にはもっと大きくなっていて、僕がメディア系の大学院にいたせいもあると思うが、日本のアニメやマンガのことを聞かれる機会も多かった。ダグラス・マグレイが「日本は文化的にカッコいい国」などという論文を発表し、話題になったのもその頃だ。

 今から4~5年前、知り合いのアメリカ人教授が研修で十数人の学生を京都に連れてきた。神社仏閣以上に彼らを夢中にしたのはアニメイトであり、ブックオフだった。その数日前には秋葉原にも行っているはずなんだけど…。そのうちの1人が僕に「京都でどうしても行きたいところがあるからアポを取ってくれ」と言う。どこか尋ねると、Nintendoだと言った。来日の最大の楽しみは、アニメやマンガ、ゲームの本場の空気に浸ることのようでもあった。

 それが今じゃ失速してるってことか…でも、なぜだろう?ひょっとしたら、飽きられ始めているのかなと思う。大体、マグレイには悪いが、日本のポップカルチャーを総体として考えた時に「カッコいい」という捉えられ方は主流ではなく(もちろん一部のアニメ作品がそういう評価を受けていたことは否定しないが)、むしろ、オタク、コスプレ、アイドル等々、なんかよくわからないが新奇で、変わってるというような印象だったのではないだろうか。そういうものであれば、人々は面白がって飛びつくが、やはり飽きられやすい。

 Newsweekにもある通り、本質的にはカッコいいと捉えられていないものに「クールジャパン」などという呼称は確かにアンクールだし、そもそも多様なジャンルや作品が存在する中で、それらの個別性を超えた呼称には無理がある。ただまあ、それは便宜的にという面もあるだろうし…(そう考えると「韓流」というネーミングはなかなかいいが、やってることを見ると、自国人が自国文化をカッコいいと宣伝してしまってるところは、日本も韓国も一緒だ)。

 もう1つの重要な論点は、よく指摘される点だが、人気がある割にビジネスとして成立していないという点。日本のポップカルチャーの多くは元々、国内市場だけを向いて制作・販売されていたわけで、海外でも人気が出てきたというのは想定外の偶発的な出来事であり、そこには戦略などあるはずがない。むしろ、海外市場で大して何も仕掛けてないのに、これだけ人気が出たことの方が驚きだ。でも、それではなかなか収益には結びつかない。

 経産省がメディアコンテンツ課を立ち上げ、「これは日本の主要産業になるかも」と公的援助を導入し、官民一体になってポップカルチャー振興に努めるのは結構な話だが、彼らが乗り出した頃から、海外における日本のポップカルチャー熱が冷め始めたとしたら、皮肉な話だ。所詮、多くはポップカルチャーと縁遠い所にいた官僚たちであり、割り振られた枠内で厳正に予算を執行することが最重要課題なのかもしれない。

 一体どうすればいいのか。なかなか難しい。これまで培ってきた作品作りのノウハウや創造性、あと人的資源なんかを考えると、日本のポップカルチャーがそう簡単にダメになるはずはないと思うのだが、それでもスキームとしてはある程度の方向性の変更や、選択と集中を再検討する時期なのかもしれない。しばらく注視する必要がありそうだ。




プロフィール

Author:大場吾郎
大学教員であり、メディア研究者。専門は映像メディア産業論やコンテンツビジネス。元々は某キー局勤務。
Twitter:@obagoro

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